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人工知能ばかりでなくシニアの知能を活かす方法を真剣に考えよう

[2016.03.16] 松丘 啓司 (代表取締役社長)  プロフィール

 人工知能(AI)の浸透の勢いには目を見張るものがあります。少し前までは、囲碁や将棋のプロに人工知能が勝ったことが大きなニュースになっていましたが、今では人が勝った方がニュースになるくらい、人工知能への認識が変わってきています。企業内の業務においても、大量のデータを扱うことが必要な領域などで、人工知能を活用しない方がどうかしていると考えられるようになるのは、あっという間のことでしょう。

 とはいえ、機械学習が難しいような経営判断や、人や組織の活動に関する知見がすぐさま人工知能に置き換えられるわけではありません。企業内でそのような経験に基づく学習をもっとも蓄積しているのは、経験の長いシニア層(中高年層)のはずです。ならば、シニア層の判断力をもっと有効に活かすことはできないでしょうか?

 そのことについて考える前に、シニア層の判断力が他の層よりも高いというのが、はたして事実かどうかを検証してみる必要があります。そこで以前、「『若い頃は男性社員よりも女性社員の方が優秀』は本当か?」で用いたのと同じように、思考・行動特性診断結果のデータを分析してみました。


 思考・行動特性診断とは


 弊社ではキャリア研修などの研修受講者に、思考・行動特性診断というウェブ診断を事前受検してもらっています。この診断では、ビジネスの成果に影響を及ぼす思考・行動特性(コンピテンシー)を3つの領域で測定しています。各領域の概要は次のとおりです。

◆行動領域◆
自分を取り巻く環境がどのような状況であっても、行動を持続するために必要な思考・行動特性。自己への信頼、前進力、明朗性、矛盾や曖昧さへの適応力、困難に立ち向かう力の5項目が含まれます。

◆選択領域◆
自分の置かれた状況や他者との関係の中で、適切な選択を行うために必要な思考・行動特性。自己学習力、課題解決力、機敏・機転、状況判断力、相互理解力の5項目が含まれます。

◆関係領域◆
他者に信用される人間関係を築くために必要な思考・行動特性。開放性、関わろうとする姿勢、協調性、誠実・責任、柔軟性の5項目が含まれます。

 今回、特に検証したい判断力は、上記の「選択領域」に該当します。選択領域に含まれる各項目は、適切な経験を積むことのできる環境に置かれることによって、上昇する特性があるとわかっています。

 50代の判断力はやはり高い

 これまでの診断結果データから年代ごとに300人を無作為抽出して、各年代の平均値をグラフにすると以下のようになりました。縦軸の数値は社会人における偏差値を表しています。
コラム図.gif

 グラフ上の「A」で示した部分が50代の選択領域です。予想どおり、各年代の中でもっとも高い値を示しています。20代と比べると、文字通り雲泥の差です。

 けれども、このグラフにおける50代は、世間一般の50代を代表しているわけではありません。受検しているのは当社の研修の受講者であるため、大企業に勤める人がほとんどで、管理職も多く含まれているからです。もともと判断力が高いから管理職になれるという可能性は十分に想定されます。

 しかしそれでも、大企業における管理職を含む50代の平均的な判断力は他の年代よりも高い、というのは事実でしょう。この結果を見ると、シニアは企業におけるお荷物だ、シニアには単純な仕事をさせよう、といった見方は、根拠を欠いた先入観に過ぎないと思われます。

 選択領域がきわめて高い一方で、「関係領域」(グラフ上の「B」)は逆にもっとも低い値を示しています。この値は、対人関係の構築や他者との良好なコミュニケーションに課題があることを示唆しています。この数字だけを見ると、50代が役職離任をして組織マネジメントから離れることは理に適っていると言えるかも知れません。

 しかし、これらの数字はあくまでも300人の平均値を示すものなので、より厳密に議論するためには、300人の内訳を調べることが必要です。そこで、選択領域と関係領域における各5項目の平均点の値が50以上(社会人平均以上)か50未満かで分類して集計を行ったところ、以下のようになりました。

①選択領域50以上 & 関係領域50以上 107人(35.4%)
②選択領域50以上 & 関係領域50未満 86人(28.7%)
③選択領域50未満 & 関係領域50以上 25人(8.3%)
④選択領域50未満 & 関係領域50未満 82人(27.3%)

 300人全体の関係領域の平均点は低い値を示していますが、詳しく見ると選択領域も関係領域も50以上という層が全体の35.4%存在しています(①)。当然のことですが、50代は皆、関係構築力が低いというわけではなく、選択領域も関係領域もバランスよく高い層が一定割合、存在しているのです。

 再度、選択領域のみに目を向けると、平均値が50以上の層(①+②)は64.4%と3分の2の割合で存在し、さらにバーを上げて選択領域を55以上にすると、300人中105人(35.5%)が抽出されます。少なくとも本母集団では、50代の3人に1人は社会人としてかなり高い判断力を有しています。これらの層を有効活用しないのは会社にとって機会損失と言えるのではないでしょうか?


 新たな価値を生み出すために


 シニアの知恵の活用というと、専門知識の伝承ばかりに目が行きがちですが、それだけではなく、「経験学習の蓄積に基づく判断力」という基本的な知能にもっと焦点が当てられるべきだと考えています。シニア活用の事例は多々、存在しますが、残念ながら基本的な判断力の有効活用という目的を重視した事例はあまり見られません。

 しかし皆無というわけでもありません。その代表として、長年、生涯現役経営に取り組んでいる前川製作所の事例が挙げられます。前川製作所では40代までを「動」の時代、50代以降を「静」の時代と呼び、20代の若者2、3人に1人の静が混じって一緒に仕事をするといった、バディ制度のような仕組みを実践しています。そのねらいとして、次のように述べられています。

 「静の役割は、もっとうまくできるからといって動のする仕事をすることではない。リーダーとして動を引っ張る役割も期待されていない。(中略)すぐれた静ならば、動の感じていることをすぐに理解できる。それだけではない。現場をひと目見るだけで、問題の本質をつかみ出すだろう」(「マエカワはなぜ「跳ぶ」のか」前川正雄著、ダイヤモンド社)

 新たな価値を生み出すために、すぐれたシニアの思考・行動特性を有効活用するという発想は、多くの企業においても通じると思われます。ただし、そのためには前川氏も明記しているように、「何より共同体にきっちり入れる人間になる必要がある」(同)といった条件を満たすための取り組みも求められるでしょう。

 人工知能をどのように業務に活かせるかを考えるのは夢があって面白いものですが、シニアの知能をどのように活かせるかを真剣に考えてみることも、企業にとって大いに意義のあることと思います。

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