経営・人事コラム

人事コラム バックナンバー

楠田祐氏(中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授)と語る2017年人事の課題(後半)

[2017.02.24] 

中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授の楠田祐氏と弊社代表取締役 松丘啓司の対談(「2017年人事の課題」)の後半をお届けします。(以下、敬称略)

>>前半の内容はこちら


 広がる人事のサポート範囲

IMG_0585.JPG

楠田:現在、日本の会社全体が働き方の改革に着手しています。そこには、長期労働の緩和や生産性の向上などが含まれていますが、健康というテーマも入っています。結果として人事は、マズローの欲求五段階説の一つひとつに対してバジェットを計上していることになるのではないかと思います。

最近、立派な社員食堂を作り始めている企業が増えています。リーズナブルな価格のみならず、カロリーも明記してあったり、無料だったり、朝も昼も夜もやっていたり。朝食を配る社員食堂もあります。これはまさに人間は食うんだ!という生理的欲求。他にも、仮眠室を作っている会社が結構あります。集中できない人はそこで昼寝をしていいそうです。このような話を聞くと、食べる・寝るという第1段階の生理的な欲求に応えているのだと感じます。

第2段階の安全欲求は、小さいお子さんのいるワーキングマザーの方が、在宅で勤務できたりするスマートワークスですかね。ある企業では、会社が契約したいくつかの場所で社員は仕事をすることができます。朝のラッシュに通勤せず、一旦、シェアオフィスで仕事をして、電車が混まない時間帯に会社に行くとか、会社には行かなくてもいいとかいった制度を導入したそうです。

ここまでは、食堂やシェアオフィスという「場所」を提供していますが、単なる満足だけでなく事業に貢献しているかまで見るようになってきているのが、次の第3段階の社会的欲求です。その表れがESサーベイ(従業員満足度調査)からエンゲージメントサーベイへの変化と言えるでしょう。

第4段階(承認欲求)は、No Ratingsでもキーとなるダイアログ(対話)・承認といったコミュニケーションの部分になってきます。さらに、仕事だけでなくプライベートでも自己実現できるように長時間労働ばかりせずに早く帰ろうよとか、自己実現することも含めて会社がサポートしていくとなると、結果的にマズローの5段階欲求のすべてが人事のサポート範囲になってきていると感じるのです。

そして、この5つすべてがサポートされている会社が働きやすい、働きがいのある会社になってきているかなと思います。こういうことができている会社で働いている人たちは、AIが入ってくるとさまざまなエビデンスを活用してよりスピーディにいろいろな施策、改革などもできるんじゃないかなと思います。

松丘:そうですね。今、言われたような会社は、それらの施策がおそらく正しいであろうという感覚を持ってやられていると思うのですが、それで業績が本当に伸びるのか、会社が成長するのかをエビデンスによって定量的に説明するということが、今まであまりなかったわけですね。

何となくそうだろうと思われていたことと、ビジネスのパフォーマンスとの関係を定量的に示すのがHRテクノロジーの大きな意義の一つだと思います。エビデンスなしでは意思決定をしない経営者も多い中で、人事がHRテクノロジーのような武器を持てるのは、たいへん大きな変化と思います。会社の中には社員情報やサーベイ結果など、人事のビックデータは結構ありますが、それらのデータとパフォーマンスとの相関関係、長時間労働との相関関係など、これまではとても分析できませんでした。ところが、今ではAIを活用すれば、分析はすぐにできるようになってきています。AIが人事に取って代わるというよりも、今までできなかったことができるようになるという側面の方が大きいと思います。


 人事のデジタル化で高まるヒューマンな部分の重要性


楠田:おっしゃるとおり。人事は様々な施策をやってきてデータはたくさん持っています。でも、これまでは有効に活用できず、溜めるだけでした。そのデータを活用できる時代がやっときたのかな、と思います。そういう中で、人事の各ファンクションの人達は何を自分の仕事としてやっていくべきでしょうか?人材開発はどうでしょう?

松丘:制度を変えたり人事がテクノロジーを持ったりしても、現場で仕事をするのは一人ひとりの人なので、その人たちが変わっていくことが当然、必要です。単純に制度で定義をしたから変わるというわけではないため、人材開発が必要になります。これまで日本企業は、評価制度にすごく時間をかけて、大量のドキュメントを作ってくださいということをやってきましたが、結局、そこに手間を掛けても変わらないので、現場における働き方や、マネジメントの仕方、特に対話の質が重要になります。

今までの人事には、コミュニケーションが大事だという一般論はありましたが、一人ひとりの動機を高めて強みを引き出すための対話は、具体的にどうあるべきかという議論が不足していました。マネジメントのスタイルは1冊本を読めば変わる、1回研修を受ければ変わるというものではなくて、継続的に学習を繰り返していく必要があるので、積極的に投資すべきだと思います。

楠田:採用関係のセミナーで登壇していると、採用担当者も大きく二極化しているように感じます。従来通り、待ちの採用担当者もいる一方、かなり攻めになっている担当者も増えています。ダイレクトリクルーティングの影響もかなりあると思います。

昨年末、採用戦略セミナーで2社が登壇してパネルディスカッションをやりました。
1社はアメリカ本国の人事から言われて2008年くらいからダイレクトリクルーティングを導入し、直近ではキャリア採用の95%がダイレクトリクルーティングだそうです。それまでのエージェントにロイヤリティを払っていたのと比べると、10年で10億円の経費削減になったそうです。すごいですよね。もう1社はダイレクトリクルーティングの割合は4~5割程度。それでも採用人数が圧倒的に多いので、経費削減効果は30億くらいになるかもしれないとのこと。そういう現実を日本の大企業の執行役員クラスは全く知らずに、従来通りのスタイルで、エージェントに多額のお金を払って面接を繰り返すというプロセスでやっています。

人事の採用担当者自身も能動的に、ソーシャルタレントマネジメントをやるようになっていると思います。良いと思う人材であれば、外でその人と何度も対話をする。現在は転職する気がなくても、将来、当社に来ればあなたの価値はこれくらいで年収はこれくらい増えるかもという話までしている。そういうことを当たり前にやっている攻めの会社は、採用のみならず人事でも新たな改革ができていると思います。

一方で、人事の責任者自身が新しいテクノロジーなどを全く理解できずに、そのままにしている会社も結構あります。そういう会社の中にも、世の中の新しい流れを感じている若い層がたくさんいるけれど、上がなかなか理解してくれないことによって閉塞感を感じています。

松丘:人事部に限らず、今まで代理店を使ったり、小売店で売ってもらったりしていたものが、デジタルマーケティングでダイレクトに販売をするとか、ビジネスモデル自体もデジタル化しています。製造業も物を作っているだけではなく、半分はサービスになっていったりします。ビジネス自体がデジタル化していくので、当然、人事もデジタル化していくことが必要です。人事はそういう世界からはもっとも縁遠かった存在ですが、もはやそうは言っていられません。

同時に、全てデジタルになっていくのではなく、逆に一人ひとりの個性や価値観が大事になっていくというヒューマンな部分も重要になってきています。そうなると昔の考えを持った人にとっては、ますますよく分からない世界に突入していくのかなと思いますよね。そこに早く気が付いて、踏み出す会社が生き残っていくと思います。

楠田:12月にある会社の人事部長と話す機会がありました。別の会社でSCMの部長の経験がある方なんですが、今の人事にはSCMやCRMの仕組みが入ってきていると言われていました。これは人事だけを経験していると多分わからないけれど、自分はそっちから来たからすごく分かると。なるほど、人事にもデジタルが入ってきて、そういうのを知り尽くしている人が人事に来て改革を進め、次の時代の人事を作っていく。大先輩たちがやってきたことを引き継いでやっているだけじゃダメかなと思いましたね。

今年からオリンピックが来るまでの3年間は、そういう過渡期の中で、次の時代に自分が役割を担えるように、1000日くらいかけて準備する時期であり、そこに対して改革できる人事がサバイバルしていくのかなと思います。最後に、松丘さんは今年どのようなことを行っていきますか?

松丘:今日、話題になったような領域で、人事が新しいことにチャレンジしていくためのサポートを精力的にやっていきたいですね。仕事自体をアジャイルに変えていく取り組みとか、パフォーマンスマネジメントの仕組み自体を時代に合った新しい形に変えていくとか。HRテクノロジーやピープルアナリティクスの領域も積極的にやっていきたいと思います。

楠田:楽しみだね。僕も一緒になってやりたいな。僕は今年、さらに健康に気を配って、孫が3歳になるから一緒にお出掛けするというワークライフバランスを楽しみたいなと思っています。


<プロフィール>
楠田 祐
  中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授
  戦略的人材マネジメント研究所 代表
  K's HR Label 代表

 東証一部エレクトロニクス関連企業3社の社員を経験した後にベンチャー企業社長を
 10年経験。2009年より年間500社の人事部門を6年連続訪問。
 人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。
 多数の企業で顧問も担う。

◇主な著書
 「破壊と創造の人事」(出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン)2011年は、
 Amazonのランキング会社経営部門4位(2011年6月21日)を獲得した。
 最新の著書は「内定力2016~就活生が知っておきたい企業の『採用基準』」
 (出版:マイナビ)

» 経営・人事コラムトップに戻る


お問い合わせ・資料請求
人材育成の課題
キャリア開発

キャリア開発

個人の働きがいと組織への貢献を両立するキャリア開発を支援します。

リーダーシップ・マネジメント開発

リーダーシップ・マネジメント開発

マネジャーに必要不可欠なリーダーシップとマネジメント力を養成します。

コミュニケーション開発

コミュニケーション開発

組織や仕事に変化を起こすコミュニケーション力を養成します。

組織開発

組織開発

ビジョンと価値観を共有し成果を高める組織創りを支援します。

営業力開発

営業力開発

お客さまと自社の双方に大きな価値をもたらすことのできる提案営業力、組織営業力を開発します。

経営力開発

経営力開発

ビジネスプランの立案に必要となる知識と実践的なスキルを養成します。

人事向けメルマガ登録

PAGE UP