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議論をやめてみよう

[2011.09.26] 松丘 啓司  プロフィール

 ビジネスの世界において、しっかりと議論することは、一般的によいことだと考えられています。もちろん、私も議論がよくないことや不必要なことと考えているわけではありません。未完成のプランに対して、皆で意見を出し合いながら、完成度を高めていったり、不確実性の高い情報の中から意思決定を行うために、さまざまな可能性について論議したりすることは、仕事を進めるうえで不可欠なことです。議論なしに、クオリティの高い仕事をすることは不可能です。

 しかし、議論の弊害も存在します。それは、聞くことや、理解することを軽視させてしまうという弊害です。ビジネスの世界に入って、長い年月をかけて議論のやり方を学んできたマネジャーたちには、議論型のコミュニケーションスタイルが染みついています。その結果、相手の言うことを素直に聞き、本音の意図を理解することが、なかなかできなくなってしまっていることが少なくありません。

 「議論を闘わせる」とか、「議論に勝つ」とかいった表現があるように、議論という言葉には、もともと勝ち負けの概念が含まれています。自分の主張を通すことができれば、議論に勝ったことになり、相手の主張を受け入れる結果になれば、議論に負けたことになります。議論に負けることは屈辱的なことであるため、議論の最中においては、いかに自分の主張に正当性があり、相手の主張よりも勝っているかを証明することに、神経を集中させます。その結果、相手の言葉を素直に聞くことができなくなってしまうのです。

 議論というと、白熱した会議の場面などがイメージされるかもしれませんが、日常のさまざまなコミュニケーションに議論は浸透しています。たとえば、部下が何かを話し始めるとすぐに、「それは、こういうことだ」とさえぎって、自分の意見を押し付ける上司がその典型例です。議論は、「正しさ比べ」です。どちらの意見が正しいかを決める争いです。部下と正しさを争ってもし方ないとは思うのですが、自分が正解を持っていることを示さなければ、上司の存在意義がないように感じてしまうのかもしれません。これは、一種の脅迫観念のようなものです。

 自分の中のスィッチが、いわば「議論モード」に入っていると、相手の話をよく聞くことができません。議論に勝つためには、自分の主張を通すために必要な情報さえ知ることができればよいのであって、相手の意図や価値観など、あえて知る必要がないのです。

 たとえば、お客さまに対して、自社商品を売り込もうとしている営業担当者は、議論モードにあります。さすがに、お客さまとの面談の際に、表立って議論することはありません。むしろ、お客さまの課題を聞かせてください、というお客さま視点の姿勢にあるように見えます。

 けれども、頭の中は、自社商品の提案に有利となる情報を聞き出すことでいっぱいです。自分のシナリオに関係のない情報は、はじめから聞くつもりがありません。自分の主張を通すことを目的とするコミュニケーションは、たとえ、そのように見えなかったとしても、議論です。営業担当者は、お客さまがわずかに示した大事なサインを見落としていても、そのことに気づかないでしょう。

 現代はスピードの時代です。スピードに遅れれば、世の中の変化や他社との競争から取り残されてしまいます。そのため、コミュニケーションにおいてもスピードが優先されることになります。目的のよくわからない、だらだらと時間をかけた会議など、非効率の象徴のような存在とみなされます。効率的に議論を行い、最適な解を、最短で出すことが、理想的なコミュニケーションと考えられているような風潮があります。

 会社によっては、「会議の時間は30分以内、議題を事前に示し、かならず決定する」といったルールが制定されているところもあります。それによって、確かに意思決定のスピードは速まりますが、そのような会議から、コミュニケーションの創造性が生まれることはありません。

 上司に対する報告ルールが存在している会社もあります。「まず、結論を述べよ。それからその背景を簡潔に説明せよ」といった決め事です。部下が日頃、職場で感じている、何となくもやもやした違和感を上司に伝えようとしても、「結論から話せ」と言われたら、何も言えなくなってしまいます。結論がわからないから、もやもやしているのですから。

 議論において必要とされるのは、明確な「主張」とそれを裏付ける「事実」です。そこには、もやもやした違和感など、入り込む余地はありません。けれども、そのような「もやもや感」にこそ、変化の必要性を告げる兆候が隠されている可能性があります。議論モードにスィッチが入っていたとすると、誰もその兆候に気づかず、大きな変化のチャンスを逃してしまう恐れがあります。

 スピーディな意思決定や、要点を簡潔にまとめる力が重要であることを否定するつもりはありませんが、時には自分の中の議論モードのスィッチをオフにしてみることも必要です。議論は、ゼロから何かを創造したり、これまでの常識から大きくかけ離れた発想を生み出したりするには、不向きなコミュニケーションスタイルだからです。もっと発想を広げたいとか、これまでの延長線上にはないアイデアがほしいと思ったときには、意識的に議論モードのスィッチを切ってみるとよいでしょう。

 最初は、議論の場から離れて、とにかく誰かの話を聞くことから始めてもよいと思います。同僚でも、上司でも、部下でも、それ以外でも構いません。ただし、それは、誰かがもっているかもしれない目新しいアイデアを、発見するために聞くのではありません。異なる価値観に触れることで、自分が「気づき」を得るために聞くのです。

 実際にやってみると、聞いて、理解するという普通のことが、思ったほど、簡単ではないことに気づくでしょう。相手の意図は、言葉で表現されないために、それを知るためには推論が必要になるからです。この推論という思考には、議論のときとは異なる脳の筋肉をフル回転させなければなりません。ただ、何気なく聞いているだけでは、意図の理解はできないのです。



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