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「無知の知」で組織の壁を越える

[2011.08.04] 松丘 啓司  プロフィール

 「うちの会社は部門の壁が厚い」とか、「組織間の風通しが悪い」とかいった声を、さまざまな会社で耳にします。歴史のある大企業であればなおさら、そういった問題を抱えていない会社の方がまれでしょう。大企業病という言葉がよく用いられますが、大きな組織において、部門間連携が円滑に進まなくなるのは、自然の成り行きという面もあります。


 組織の壁は自然にできる

 営業、開発、管理などの機能で分けられた機能別組織や、事業ごとに分けられた事業部制の組織で、それぞれの組織の独自性が強くなるのは、当然のことです。どの組織も、それぞれの専門性を高めるべく学習を続けます。それぞれの専門領域に応じた言語を用い、専門知識を共有してコミュニケーションを図ります。そこでは、自分たちの組織にとっての当然の了解のもとに、コミュニケーションが進行していきます。専門性が高まるほど、そのコミュニケーションは、他の組織に属する人々からは理解しづらいものになります。

 それぞれの組織はまた、それぞれに与えられたミッション(使命、役割)を有しています。ミッションが異なれば、組織内で共有される価値観も異なります。価値観が異なるということは、何を重視するかという判断基準が異なることです。それぞれの組織がミッションを果たすことに注力し、自分たちの価値観を強化すればするほど、組織ごとの重要性の基準は違ってきます。そのことが組織間の不一致を生み、連携を難しくする原因になります。

 「うちの各部門は、組織の利益ばかりを優先して、全体のことを考えない」という批判を聞くことも少なくありませんが、それもある意味で当然のことです。専門性を高め、自分たちのミッションを果たすことを責務と考えている組織のリーダーは、「それを優先して何が悪い」と思うに違いありません。中小企業の社長が、自社の利益を優先しなかったとしたら、会社はすぐに倒産してしまうでしょう。自部門の利益を優先することは当然のことですが、問題は「自部門の利益だけを優先すること」にあると思います。


 組織はジレンマを生む

 専門性を高めることや、ミッションの遂行に注力することの目的は、社内で評価されたり、自部門の勢力を強めたりすることではありません。言うまでもなく、その目的は社外のお客さまに提供する価値を、できる限り高めるためです。その一方で、お客さまへの価値は、どこか一つの部門だけで提供できるものでもありません。それぞれの専門性を担っている組織の価値を結集することによって、お客さまの期待に応えることが可能になります。部門間連携の目的は、お客さまに貢献することにあるのです。

 一人ではけっして生み出すことのできない大きな価値をお客さまに提供するために、異なる専門性を有する人や組織が力を合わせるからこそ、会社という組織の存在する意義があります。けれども、その反面、それぞれの組織が専門性やミッションを追求すればするほど、部門間の連携が難しくなってしまうというジレンマが存在します。けれども、自部門の利益を追求することと、組織として連携することは、はたして相反することなのでしょうか?

 たとえば、ある会社の営業部門は、開発部門に対して、お客さまのニーズを満たす機能を備えた製品を開発すべきだと要求しています。他方の開発部門は、営業部門に対して、自社製品の技術的な優位性のメリットを理解してもらえるような提案を行うべきだと主張しています。この会社では、「お客さまに安全を提供する」ことを理念として掲げています。本来であれば、その理念を実現するために、両方の部門が協力してお客さまに貢献しなければなりませんが、連携がうまくいかない状況が続いています。

 両方の部門が議論すればするほど、主張の対立は激しくなります。営業部門は、開発部門が顧客起点で考えていないと非難します。開発部門は、営業部門こそ昔ながらの人間関係頼みの営業スタイルのままで、提案営業ができていないではないかと反論します。議論は、双方の姿勢をさらに偏狭にさせ、いつまでたっても意見の一致に至りません。けれども、意見が一致することは、はたして必要なのでしょうか?


 意見は一致しない方がよい

 双方が自分たちの主張の正当性を信じて、議論を続けている状況で、意見の一致が得られるのは、片方が相手をねじ伏せて自分の主張を「強制」するか、双方ともに折れて「妥協」するかのどちらかの場合でしょう。どちらの結果に至っても、後々に問題を残します。もし、「自部門の利益を追求すること=他部門を論破すること」と考えていたとしたなら、部門間連携は不可能です。それでは、お客さまにとってもハッピーな結果になりません。

 むしろ、「意見が一致しないからこそ価値がある」と発想を変えることが重要です。両者の意見が常に一致するのであれば、そもそも専門組織が分かれている意味がありません。営業は営業部門の観点から、開発は開発部門の観点から、ものごとを見ます。同じものごとを見ていたとしても、見え方は違って当然です。違いがあるからこそ、その調和によって、進歩や創造が起こります。部門間の意見の違いが何一つなかったとしたら、大きな変化は起こりません。

 「違いがあるのはよいことだ」「それはチャンスだ」と思えたなら、相手の意見を素直に聞くことができるようになるでしょう。それは、相手の意見を受容し、自分の意見を放棄することではありません。ましてや、自部門の敗北を意味するわけではありません。それは単に、異なる観点を通した、ものの見方を理解するだけのことです。「自分たちとは異なる見解がある」ということを知ることが、部門間連携の第一歩であることが認識されなければなりません。

 「無知の知」というソクラテスの言葉があります。「自分が無知であることを知っている人間は、自分には知識があると思っている人間よりも賢い」ということを意味する言葉です。自部門の利益を追求しつつ、部門間の連携を実現する秘訣は、「無知の知」を実践することにあります。つまり、自部門にはない観点を持った相手を尊重し、その主張の意味を無心で理解することが必要です。相手がどのような価値観を持っているから、そのような発言を行っているかに気づくことで、相手の主張の意味が理解できるようになります。


 他部門と積極的に対話しよう

 「部門間連携の目的はお客さまに貢献することにあり、そのことは自部門の利益にかなうことだ」という認識を持ち、たとえ相手が攻撃的な主張を仕掛けてきても、「無知の知」を実践して、相手の価値観を理解しようとする、いわば「積極的な受け身」の姿勢を持つことが必要です。たとえば、「お客さまのニーズを満たす機能を備えた製品を開発すべきだ」と主張する営業部門に対して、聞き手の開発部門には、相手の価値観にたどり着けるまでの根気のよい対話が求められます。

営業「もっと、お客さまのニーズを満たす機能を備えた製品を開発すべきだ」
開発「なぜ、そう思うのですか?」
営業「そうしないと売れないと思うからに決まっているだろう」
開発「どういうときにそう思いましたか?」
営業「いつもそう思っている」
開発「最近、そう感じたときのエピソードを何か教えてもらえませんか?」

 公けの会議の場で、こういう対話を行うことは難しいかもしれませんが、1対1の対話であれば、ここまで相手を尊重すれば、たいてい何かは話してくれるでしょう。たとえば、次のような発言を聞くことができれば、対話は一気に進展するはずです。

「安全を提供するといってもな、結局はお客さま次第なんだ。お客さまがやるべきことをやってくれなかったら、うちの技術がどれだけ優れていても価値はないんだ。お客さまの意識や日々の行動が変わらなければだめなんだ。開発部門の自己満足では意味がないんだよ」

 この率直な発言には、相手の価値観が感じられます。相手の挑発的な言葉には対抗せず、素直に相手の意図が理解できたなら、「この人は、製品を売ることよりも、お客さまが安全性を高められることを重視している」ということに気づくでしょう。その気づきが、創造性を触発します。

 たとえば、「製品に蓄積されるデータを用いて、お客さまへの安全レポートを提供しよう」とか、「製品の操作マニュアルだけではなくて、安全の心得を漫画にしよう」とかいったアイデアが出てきたなら、部門間連携が一歩進むでしょう。さらに、ただの製品提案ではなく、「安全のための意識改革支援」をお客さまに対して提案ができるようになったらなら、会社としての貢献価値は大いに高まるに違いありません。

 大きな会社では、他部門の人と対話すること自体、物理的にも難しいかもしれませんが、対話の機会は意識的に創らなければなりません。部門内にコミュニケーションを閉ざしてしまうことは、創造的な進歩の可能性の芽を摘んでしまいます。他部門との対話には、多少の軋轢や対立はつきものですが、「無知の知」を念頭において、積極的に関わっていただきたいと思います。


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