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提案営業が定着しない5つの理由(後半)

[2011.07.12] 松丘 啓司  プロフィール

 本コラムの前半では、提案営業に関して、一般的にあまり疑問視されない誤解が存在するのではないか、と述べました。その誤解を抱えたまま提案営業を行うことによって、必然的に提案営業はうまくいかず、提案営業が定着しないという結果を招いている可能性があることを指摘しました。前回、解説した3つの理由は次のとおりです。

1. 売ろうとしている
2. 購買意欲のあるお客さまに提案している
3. 課題を履き違えている

 今回は、残りの2つについて解説したいと思います。
>>前半の内容はこちら


 4. 価値を履き違えている

 前回、お客さまの課題を、お客さまが直面している「ビジネス課題」と狭く捉えてしまうと提案営業は行き詰りやすい、という問題について指摘しました。そのうえで、ビジネス課題だけではなく、お客さまがどのような価値観を実現したいと考えているのか、お客さまがどうなりたいと願っているのか、といった「価値観の課題」を理解することによって、お客さまに対する貢献の可能性は大きく広がると述べました。ただし、そのためには自社の提供する価値が何であるかについての認識を変える必要があります。

 たとえば、コスト削減をしたいと言っているお客さまに対して、「自社の商品やサービスを活用すれば、これくらいコストを減らせます」と提示するのが、一般的な提案営業のイメージでしょう。しかし、このアプローチでは、なかなかお客さまの共感が得られないのは、前回に説明したとおりです。そこで、なぜ、お客さまがコストを削減したいと考えているのかを掘り下げて考えてくことが必要となります。

 コストを削減したいのは、利益を増やしたいからに決まっているではないか、と思われるかもしれません。では、なぜ利益を増やしたいのかと、さらに掘り下げます。もし、お客さまが利益を増やしたいのは儲けたいからだと、単純に思っている営業担当者がいたとすると、その思考回路をもっと柔軟にする必要があるでしょう。

 儲けたくない経営者はいません。同時に経営者は、儲かることは何でもするという考え方では、けっして儲からないことも知っています。そこには、自分たちならではのこだわりや、他社にはない強みが不可欠だからです。そのこだわりや強みを研ぎ澄ましていかなければ利益は伸びないことを、経営者や経営意識を持った幹部社員はわかっています。

 なぜ、お客さまが利益を増やしたいのかというと、それが自分たちの理想とする会社や事業に近づいていることの証だからです。したがって、営業担当者は表層的なビジネス課題の把握にとどまらず、お客さまがどのようなこだわり(=価値観)を持ち、どうなりたいと願っているかを理解しようと努めなければなりません。その深層を捉えなければ、提案は上滑りしてしまいます。

 たとえば、社員の働きがいを何よりも大切にする会社があったとします。その会社の経営者は、コスト削減は必要だが、コストを減らしても社員のモチベーションを維持するにはどうすればよいか、悩んでいたとしましょう。そのようなときに、営業担当者が「当社の商品を活用していただければコストを減らせます」と提案して、お客さまの共感が得られるでしょうか。営業担当者の提案は、お客さまの深層にまで届いていないため、他社でもできる提案の一つとしてみなされてしまうでしょう。

 提案営業によって提供する価値は、自社の商品やサービスの価値であるという固定観念を持っていると、お客さまの価値観の課題に応えることができません。お客さまの価値観の課題を解決するために、自社商品の価値を提案しても、ちぐはぐであるばかりか、押し売り的な印象も与えかねません。

 この例で、営業担当者が答えなければならないのは、「コスト削減と社員のモチベーション維持を両立するために、自社にどのような貢献ができるか」という問いです。この問いが設定されることによって、営業担当者ははじめて顧客起点に立つことができます。同時に、単に商品やサービスの価値だけでは、お客さまに貢献できないことがすぐにわかるでしょう。そこで、あらためて、自社にはどのような価値の提供が可能かを考えるはずです。そのときに、基軸となるのが、実は、自社が大切にしている価値観なのです。

 コスト削減と社員のモチベーション維持を両立するために、単に思いつきのようなアイデアを提案しても、お客さまには響かないでしょう。ところが、その提案が、自社の深層の価値観から出てきたものだとすると、お客さまの課題と自社の提供価値は、深いレベルで結びつくのです。

 たとえば、この営業担当者の会社はシンプルさにこだわっていたとします。商品(機械をイメージしてください)の機能はできる限り絞り込むことで価格を下げ、故障しにくくすることでメンテナンス費用も抑えられます。ただし、機能が限られているために、利用者は工夫をしなければなりません。業務を標準化したり、場合によっては何かの仕事は止めたりする判断も必要です。

 営業担当者が、自社の価値観に基づいた提案を行うとするなら、次のようなものになるでしょう。
「コスト削減とモチベーション維持を両立するために、仕事のシンプル化を図ってはいかがでしょうか?それによって社員の方々の創意工夫を引き出しながら、皆さんの時間をより創造的な仕事に向けることができます。私たちは、これまで他社で考えられた様々なシンプル化のアイデアを、社員の皆さまに対して、豊富に提供させていただきます」

 シンプルさを大切にするという価値観を取り入れることによって、コスト削減を行いながらも会社の活力を失うことなく、自分たちのありたい姿に向かっていけるかもしれないと、お客さまが気づいたなら、そこに新たな変化が生まれます。営業担当者は、単に目先のビジネス課題の解決だけではなく、お客さまの前向きな変化を支援するパートナーとなれるのです。

 この提案をお客さまが受け入れるかどうかはわかりません。けれども、お客さまは自分たちの価値観を実現するための、重要なヒントを得るに違いありません。少なくとも、この提案は、他社の提案とは異なるものになるはずです。


 5. 提案営業は個人のスキルだと思っている

 営業担当者一人ひとりに提案営業のスキルを身に着けさせ、それを実践させれば業績は上がるに違いない、というのも誤解です。もちろん、提案営業スキルの習得は必要なことですが、それだけでは簡単に成果に結びつきません。

 お客さまの価値観の課題を理解したうえで、それに応えるために自社に何ができるかを考えるのは、営業担当者だけの問題ではありません。いったん、答えるべき問いが明らかになれば、営業部門はもとより、開発部門やサービス部門など、会社の中のあらゆる機能がお客さまの価値観の課題に応えるために活かされなければなりません。

 また、上記4でも述べたように、お客さまの価値観の課題をもっとも強く感じているのは経営者やそれに近い幹部社員です。そのため、営業活動を営業担当者任せにするのではなく、営業担当者の上司や、上司の上司も活動に参加する必要があります。

 つまり、提案営業は組織営業である必要があるのです。そして、組織営業においてもっとも重要なことは、組織の縦や横の人が営業活動に参加するということ以前に、組織として大切にしたい価値観が共有されているかどうかという点にあります。

 お客さまに提案する自社の価値は、そもそも営業担当者個人で考えればよいことではありません。それは営業部門として、会社として、共有されるべき問題です。そのために、自分たちはどのような価値観を大切にしたいか、お客さまに対してどのような価値を提供する存在でありたいのかが、組織内で常日頃から問われていなければなりません。これは、組織として考えられるべき課題なのです。

 価値観が共有されている組織では、営業担当者のアンテナ感度が高められます。自社の価値観を深く理解しているからこそ、お客さまの価値観の課題に対しても敏感になれるのです。自社が答えるべき問いを明確にし、それに応える能力は、営業担当者個人のスキルというよりも、組織として磨かれるべきものなのです。


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