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コミュニケーションに参加するために

[2011.01.05] 松丘 啓司  プロフィール

 人は生まれて間もなくコミュニケーションを学び始めます。コミュニケーションがなければ社会生活は成り立たないため、水や空気のように、あって当たり前で、「コミュニケーションとは何か」と、あらためて考えられることはめったにないかもしれません。けれども、会社に入ってからのコミュニケーションと、学生時代までのコミュニケーションとの間には、もともと大きな違いがあります。それは、組織の一員として行動することが求められるかどうかによる違いです。


 参加しなければコミュニケーションできない

 一方で、企業人のコミュニケーションというと、個人の価値を高めるための能力として捉えられることも少なくないでしょう。「コミュニケーション力」といった表現からは、提案や交渉の場面において、自分の主張を通すスキルがイメージされるかもしれません。あるいは、上司や顧客からの問いかけに対して、正しい回答や立派な回答を返すことが、コミュニケーション力の高い人の姿としてイメージされることもあるでしょう。けれども、「コミュニケーションとは、個人に付随する能力である」と狭く捉えられてしまうと、かえって、組織内でのコミュニケーションが妨げられる結果を招いてしまいます。

 「コミュニケーション=個人の能力」という意識が強すぎると、自分の主張を押し通そうとするあまり、円滑な会話が続かなくなってしまう恐れがあります。あるいは逆に、自分が「正しい答え」を持っていない場合、あえて発言しないことが選択されることもあるでしょう。そうなると、組織内のコミュニケーションは続かなくなってしまいます。新人や若手社員に対して、「積極的に関わってこない」「わかっているのかどうかも、よくわからない」という上司の嘆きをときどき耳にしますが、これは若手社員の能力を問題にしているのではなく、コミュニケーションが円滑に回っていないことを問題にしているのです。

 組織(チームなど)の一員にとって重要なことは、何よりもまず、組織のコミュニケーションに参加することです。なぜなら、組織はコミュニケーションによって成り立っているからです。人がただ集まっていれば組織と言えないことは、電車の同じ車両に乗っている人々を指して、組織と言えないのと同じです。そのため、新人は入社してどこかの組織に配属されれば、すぐさま組織の一員になる訳ではありません。コミュニケーションに参加して、はじめて組織の一員になることができます。コミュニケーションに参加できなければ、組織における業務運営に貢献することはできません。


 「意図の理解」が重要

 組織のコミュニケーションの参加する際、何よりも意識すべきことは、「何を話すか」ではなく、「何を聞くか(聴くか)」です。つまり、相手の話すことを理解することです。なぜなら、コミュニケーションは、聞き手の理解を伴ってはじめて成立するからです。上司が伝えようとすることを、部下が理解しない限り、コミュニケーションは成立しません。コミュニケーションは、理解が伴った瞬間に成立し、理解されるからこそ、その次のコミュニケーションが起こります。理解を伴わなければ、コミュニケーションはそこで途絶え、必然的に業務も滞ります。そのため、コミュニケーションを生かすも殺すも、聞き手次第と言えます。

 「聞く」というと簡単なことのようにに聞こえるかもしれませんが、相手を理解するということは、単に相手の話す内容(=情報)を理解するということではありません。もちろん、「情報」を理解できなければならないことは言うまでもありません。相手の話す情報の中に専門用語が含まれていたならば、その言葉の意味を知っていなければなりません。しかし、それだけではなく、同時に相手の「意図」の理解が不可欠です。なぜなら、すべての発言には、情報と意図の両方が含まれているからであり、その両方を同時に理解することによって、相手の伝えたいことの「意味」の全体が理解できるからです。

 たとえば、「今日は水曜だよね」という何気ない発言における「情報」は、文字どおり「今日は水曜」ということですが、その意図は、「まだ水曜」ということかもしれませんし、「もう水曜」ということかもしれません。「水曜だから残業ができない」ということかもしれませんし、「水曜だから早く帰れる」ということかもしれません。いずれにせよ、意図が何であるかによって、意味はまったく異なってきます。

 情報は言葉で表現されますが、意図はほとんどの場合、言外に伝えられます。そのため、意図を正しく理解できなければ、「誤解」が生じてしまいます。コミュニケーションの中で生じた誤解は、その次のコミュニケーションに引き継がれ、後々、大きな問題となって顕在化します。「だから、あの時、言ったじゃないか」といった発言は、それ以前のコミュニケーションにおける誤解が原因です。聞き手が、自分が何を発言するかにばかり気を取られて聞いていると、相手の意図を理解し損ね、このような誤解が生じてしまいます。


 相手の状況と価値観を推論する

 意図の理解とは、「なぜ、その人が、その状況で、そう言うのか」を理解することです。意図は常に、状況と結びついています。そのため、相手の意図を理解するためには、相手の置かれた状況を理解できなければなりません。オフィスで誰かが突然、「あっ、しまった」と叫んだとき、その情報から何か問題が起きたことはわかりますが、その意図は、相手の状況を理解しなければわかりません。もしかすると、パソコンにお茶をこぼして慌てているのかもしれませんし、時計を見て焦っているのかもしれません。いずれにせよ、相手の意図を理解するためには、相手の置かれている状況を知らなければなりませんが、この例のように相手を見れば意図がわかるようなケースは稀であるため、聞き手は推論を働かせなければなりません。

 若手社員が上司の意図を理解するためには、上司の置かれた状況を推論しようとしなければなりません。そのためには、仕事の一部ではなく全体を理解できなければなりません。チーム内の状況だけではなく、チームの外との関係も理解できなければなりません。つまり、上司の目線に視点を上げようと、努力しなければならないのです。

 さらに、仕事の場において特に重要となるのは、相手の発言が、相手の持っている価値観に言及している場合の意図を理解することです。価値観に言及する発言とは、「~すべきだ」という主張や、「~したい」という願望、「~が問題だ」という指摘などが含まれます。実は、ビジネスにおける重要な発言は、ほとんどこの類のものです。このような発言においては、相手がなぜ、それを言っているのかという、相手の依って立つ価値観の推論が求められます。つまり、相手がそういう価値観を持っているのであれば、そのように発言するのも当然だ、という推論です。

 価値観とは、その人が「何を大切にしているか」を示す基準です。たとえば、2つの選択肢があった場合、そのどちらを選ぶかは、その人がどちらを大切にしているかに依存します。ビジネスにおける選択は、論理だけで決められるものではありません。論理だけであれば、誰が判断しても同じ結果になってしまうでしょう。つまり、仕事の場で、相手の主張や願望や指摘の意図を理解するためには、その人が大切にしている価値観を理解できなければならないのです。


 能動的な「聞く」プロセス

 相手の発言の意図を自分が正確に理解できたかどうかは、自分が理解したことを相手に伝え、それに対して戻ってくる相手の発言を聞かなければ知ることができません。つまり、相手の意図に関する仮説を立て、その仮説を相手に投げかけることによって検証するというプロセスが不可欠になります。たとえば、相手が「残業しないで早く帰ろう」と言ったことの意味を理解するためには、次のようなやり取りが必要になるでしょう。

自分:「早く家に帰りたいのですか?」(仮説の投げかけ)
相手:「別に家に帰りたいわけではないが、残業すると効率が落ちるのが問題だ」
自分:「残業しないと効率が上がるのですか?」(さらなる仮説の投げかけ)
相手:「残業できなければ、無駄な仕事はしなくなるだろう」

 ここに至って、無駄を嫌うという相手の価値観が理解され、ようやく、「残業しないで早く帰ろう」の意味が理解できるようになります。最初から相手の意図を理解できることはありません。ただ、漫然と聞いているだけではなく、こちらから働きかけて、推論を繰り返さない限り、正しい理解はできないのです。つまり、「聞く」という行為は、能動的な行為と言えます。

 コミュニケーションにおいて、「何を伝えるか」や「どう伝えるか」が重要でないわけではありませんが、何よりもまず、コミュニケーションに参加しないことには、仕事は進みません。そのためには、「聞く」ことが不可欠ですが、推論しながら聞くという行為は、それほど、簡単なことではないのです。

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