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経営幹部にこそリーダーシップ教育が必要とされている

[2010.07.08] 松丘 啓司  プロフィール

 経営幹部にリーダーシップの発揮が求められない会社はない。それにもかかわらず、経営幹部に対してリーダーシップ教育を実施している会社は実際のところ少数派だ。エム・アイ・アソシエイツが昨年実施したリーダーシップ開発に関するアンケート調査によると、役員層に対して何らかのリーダーシップ教育も行っていないと回答した企業は87.5パーセントに上った。同様に、部長層に対しては62.5パーセントの企業が、実施していないという回答結果であった。


 経営幹部のリーダーシップ教育は組織変革である

 そもそもリーダーシップが発揮されていなければ経営幹部にはなれないはずなので、もしかすると、経営幹部にリーダーシップ教育は必要ないと考えられているのかも知れない。会社によっては、研修=能力開発という意識が強いため、経営幹部の能力を今さら開発するよりも、もっと若い層に投資した方がよいと考えられているところもあるだろう。また、教育の意思決定者である人事担当役員や人事部長が、同僚の経営幹部に遠慮して(リーダーシップ不足が露呈することを避けるため)、この手の教育に蓋をかぶせてしまうといったことも、ときどき耳にする話だ。

 しかし、それでは会社はなかなか変わらない。会社という組織は、経営幹部を中心とするコミュニケーションの連鎖によって成り立っている。組織に属する一人ひとりは、コミュニケーションの連鎖に対して、何らかの影響を及ぼすが、コミュニケーション全体の方向性を決めるのも、最終的に意思決定するのも経営幹部だ。したがって、経営幹部が変わらなければ、組織全体のコミュニケーションは変わらない。

 たとえば、ある会社で、ミドルマネジャーが部下の話をあまり聞かないことが問題になっていたとしよう。その原因は、ミドルマネジャーの心掛けが足りないということにあるのだろうか。あるいは、そうしたい意識はあるが、忙しくて時間がないということであろうか。では、時間ができれば、部下の話をよく聞くようになるのだろうか。おそらく、それらは根本的な問題ではなかろう。ミドルマネジャーが部下の話を聞かないのは、話を聞かなくてもコミュニケーションが進行するからだ。

 要するに、聞く必要がないからである。会社全体のコミュニケーションの連鎖は、部下の話を聞くかどうかといったこととは、別の次元で動いているのである。たとえば、その会社の「スピード重視」の方針が、部下の話をじっくりと聞くことよりも優先しているのかもしれない。あるいは、「結果重視」のカルチャーが、途中経過を聞くことを軽視させているのかもしれない。

 何らかの価値観を重視して、組織内のコミュニケーションは動いている。そして、その組織の価値観に変更を加えられるのは、コミュニケーションの連鎖の中心にいる経営幹部でしかあり得ない。それは、リーダーシップの問題だ。経営幹部に対するリーダーシップ教育は、それ自体が組織変革の取り組みの一環として、考えられるべきものなのである。


 求められる教育内容

 おそらく今日ほど、先行き不透明な時代はないに違いない。その中で経営幹部には、しっかりと未来を見定めることが求められていることに、誰も異論はなかろう。つまり、経営幹部のビジョンが問われている。経営幹部にビジョンがなければ、会社は予期不能な環境変化の中で、漂流せざるを得なくなってしまうだろう。

①「内の軸」を再確認する

 経営幹部がしっかりとしたビジョンを持つために、各界の有識者による講演会を開催しているような会社もある。もちろん、経営幹部が知見を広げ、視野を高く持つことは重要であるが、それだけではビジョンは明確にならない。どれだけ、マクロ経済のトレンドや、ビジネスの最新トピックに関する知識が得られても、経営幹部自身の「内の軸」が弱ければ、その人ならではのビジョンは描けない。誰が語っても同じような一般論では、ビジョンとは言えない。

 会社の論理の中で、競争を勝ち上がってきた経営幹部には、「外の軸」によって評価されることは得意でも、自分の「内の軸」など、あまり考えたことがない人も実際のところ少なくないだろう。自分自身がもともと備えている内的動機から、自分が本来、何を大切にする価値観を有しているか(=「内の軸」)などということは、多忙な日常の中で振り返る時間もないだろう。研修という日常を離れた場で、そのような内省の時間を持つことだけでも、経営幹部へのリーダーシップ教育は意味がある。

②多様性を尊重する

 自分の軸をしっかりと持つことは前提であるが、それに凝り固まってもいけない。経営幹部には、多様な観点を取り入れることによって、自分自身の観点を進化させていく柔軟性も同時に求められる。そのためには、他者とのコミュニケーションの中から、自分とは異なる観点に気づいていく敏感さが必要だ。

 相手がどのような価値観に基づく、どのような観点を有しているかを理解するためには、相手を尊重し、受容することが不可欠であるが、なかなかそれができない経営幹部は少なくない。問題解決力が高く、1を聞けばすぐさま判断することが習慣化している経営幹部は、相手が何か言葉を発するや否や、論理的に解答を出してしまいがちだ。その結果、言葉の奥に潜んでいる相手の価値観は理解されない。

 相手を理解することは、相手のためではなく、自分自身の観点を深くするということに気づくことによって、目の前の問題を解決すればよいマネジャーの段階から飛躍することができるだろう。それは、解決すべき課題を与えられるのではなく、みずから本質的な課題を設定できるようになることを意味するからだ。言うまでもなく、経営者には誰も課題を教えてくれない。

③共有価値観を創る

 自分の「内の軸」を確認し、組織内の多様な価値観を理解することによって、経営幹部は組織のメンバーが共有すべき価値観(理念や行動規範)を書き換えることができるようになる。そこには、経営幹部自身の「内の軸」に基づく信条が明示されていなければならない。同時に、組織が持つ優れたDNAが受け継がれていることも必要だろう。

 価値観は「何を大切にするか」を決定する基準であるために、それは選択の基準となる。組織のメンバーが価値観を共有することによって、メンバーは組織としての指針を持ちながら自律的に判断ができるようになる。そこに組織としての一体感が生まれ、信頼感を育む土壌ができる。このような組織の共有価値観を書き換える作業は、組織のリーダーである経営幹部にしかできない仕事だ。

④ビジョンを描く

 共有価値観という組織の軸が明確になってはじめて、ビジョンがイメージできるようになる。なぜなら、ビジョンは価値観による選択の結果、現れてくる未来の姿だからだ。自分たちの組織が「なりたい姿」と「なりたくない姿」のどちらを選ぶかは、組織の共有価値観に従うのである。

 ビジョンは経営環境を分析すれば論理的に明らかになるものではない。ビジョンはイメージするものだ。経営幹部が、自分たちのなりたい姿の鮮明なイメージを持っていなければ、それが実現することはないだろう。もちろん、ビジョンを実現するためには、よく分析された戦略は不可欠だが、あくまでもビジョンが先にある。

 先行き不透明な時代において、ビジョンを見定める力は決定的に重要だ。そのためには、経営幹部がぶれない「内の軸」を持つことから始める必要がある。リーダーシップ教育は、若手やミドルを含むすべての人々に求められるものであるが、誰よりも先に経営幹部からスタートすべきだ。それは、実際のところ、単なる教育ではなく、組織を変え、未来を創りだすための取り組みそのものだからである。

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