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MIAが考えていること(10):傾聴からアブダクションへ(その3)

[2010.06.11] 松丘 啓司  プロフィール

 相手の言葉から何らかの「違い」を見出し、その違いを生み出している、相手にとっての「意味」を推論することが、対話におけるアブダクションです。簡単な例を用いて、そのプロセスについて説明してみましょう。


 違いに敏感になる

 たとえば、ある営業担当者のAさんが、上司であるB課長に、お客様への提案書をレビューしてもらっているとします。Aさんが提案書に書いた、「自信を持って弊社製品をご提案いたします」という言葉に、B課長がひっかかり、厳しいコメントを返します。

B課長「何のために、こういうことを書いているの?」
Aさん「私の自信を伝えたいからです」
B課長「それを知って、お客様は喜ぶか?」
Aさん「自信があるのなら良い製品と思っていただけるのではないでしょうか?」

 AさんはB課長にレビューをしてもらっているにもかかわらず、議論モードにスィッチが入ってしまっています。B課長の予想外のコメント(=「違い」)に対して、自分の主張の正当性を反論しようとしていました。議論モードでは、相手の意味を理解することができないことは前回に書いたとおりです。

 B課長は、Aさんが製品の良さと熱意を伝えたいと考えていることは理解していました。しかし、同時に、Aさんがお客様の課題や悩みを十分にわかっていないことにも気づいていました。お客様の視点に立つと、自分のことをよくわかってもいないのに、なぜ、自信を持って提案すると言えるのか、と不信感を持たれ、Aさんが口先だけのいい加減な奴と判断されてしまうことを、B課長は危惧していたのです。

 「それを知って、お客様は喜ぶか?」という質問は、製品の良さと熱意を伝えたいというAさんの思考の枠組みを崩し、Aさんの視点を切り替えさせようとするものでした。そのため、この場面では、AさんはB課長の言葉の意味を理解することが必要だった訳です。


 物語(ストーリー)を聴く

 しかし、「お客様は喜ぶか?」という言葉の意味を理解することは、一見、簡単そうですが、なかなか容易ではありません。「喜ぶ」を「嬉しいという気持ちを表現する」と単純に読み替えたところで、すんなりと意味は理解できないでしょう。したがって、Aさんはまず、傾聴しなければなりません。

 ストレートに、「それは、どういう意味でしょうか?」と問いかけ、それに対する返答を待つというのが通常の方法でしょう。もし、B課長が、「そんなことを言っても、お客様には信頼されないだろう?」という回答をしてくれたとしたら、「喜ぶ」とは「信頼」に関わることだという、また新たな「違い」に気づくことができるでしょう。

 このように異なる意味を持つ複数の言葉を引き出すことから、B課長の伝えたかった奥にある意味を推論するというのは一つのやり方ですが、それよりもずっと推論を助ける方法があります。それは、物語(ストーリー)を聴くことです。

 どのようなことに対して喜ぶか、という感情表現のパターンは、人によって異なります。また、同じ人であっても、どのような状況でそのような気持ちになるかは違ってくるでしょう。つまり、「喜ぶ」という言葉の意味は、人によって、状況によって異なるのです。

 物語を聴くことによって、意味を単なる言葉からではなく、状況から理解ができるようになります。たとえば、AさんからB課長に対して、「このような場面で、B課長が私の立場なら、どのようなアプローチを取りますか?」とか、「このようなお客様に対するB課長の経験を教えてもらえませんか?」とかいった質問を行うことによって、物語を引き出そうと試みるのです。


 相手の価値観を理解する

 「私なら、まずお客様のお話をじっくりと聴くね。それから、本当にうちの製品がお客様の要望に応えられるものか考えるよ。あるお客様は、私がお客様の課題を深く理解しているとわかったら、製品の話はほとんど聞かずに契約してくれたよ。別のお客様では、私が正直にうちの製品はこの点ではお役に立てるが、この点はまだまだだと話したら、逆に信頼されたこともある」

 このような物語を聴くことができたなら、「それを知って、お客様は喜ぶか?」という言葉の意味は、すんなりと理解できるに違いありません。B課長が、お客様の課題を理解することを大切にしている、お客様にとって正直であることを大切にしているという価値観に基づいて話していたとするなら、厳しいコメント(=「違い」)が返ってくるのは当然のことだという推論が成立するはずです。

 Aさんがそのことに気づいたならば、その時点でAさんの思考の枠組みは変化しているでしょう。B課長の価値観の観点を取り入れ、この提案の場面でAさんが考えるべきことは何かを再構成することができたなら、Aさんはこれまでの自分の常識に縛られない思考と行動ができるようになります。そこに、対話におけるアブダクションの重要な意義があるのです。

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