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MIAが考えていること(8):傾聴からアブダクションへ(その1)

[2010.05.19] 松丘 啓司  プロフィール

 企業研修において、「傾聴」について教えられることが少なくありません。部下の能力を引き出すために、マネジャーに対してコーチングのスキルを身につけさせたいと考える企業もあります。また、コーチングに限らず、社員が受容的、共感的に聴く姿勢を持ち、相手の意味を理解できることになることで、組織内のコミュニケーションを活性化したいと考える企業も少なくありません。しかし、一方では、研修で学んだ傾聴スキルが、現場でなかなか実践されないという声もしばしば耳にします。


 スピードだけで創造性はうまれない

 傾聴することの大切さはわかっていても、スピードが重視されるビジネスの現場においては、「聴く」ことばかりに時間を使っていられないという事情もあると思います。1を聞いたら、すぐに判断し行動するという仕事のスタイルが貴ばれている会社もあるでしょう。もちろん、スピードが重要であることは言うまでもありませんが、相手の言葉を聞くやいなや解を見つけに行くような条件反射的なスタイルからは、創造的なアイデアは生まれてきません。

 「MIAが考えていること(4)、(5)」でも書いたように、相手の真意を理解しないコミュニケーションは、経験、ルール、論理といった「常識」に支配されてしまいます。言葉を聞いてすぐに意味がわかるのは、既存の常識と照らし合わせているからであり、すぐに判断できるのも常識が答えているからです。「解を見つけに行く」という表現が物語っているように、それはどこかにある答えを探すような行為です。常識のデータベースの中から解を探したとしても、その解は常識の範疇を越えることはないでしょう。

 スピード重視であったとしても、同時に創造的な思考も重視されているのが今日の企業だと思います。創造性を欠いたスピードだけの競争は、どこかで限界に達するのは明らかです。創造的な思考のために必要となるのは、既知の常識から解を探すのではなく、未知の何かに気づく発想です。また、ビジネスの場において、未知の何かに気づく可能性の多くは、コミュニケーションの中に存在しています。コミュニケーションの中から、未知のアイデアを浮かび上がらせるためには、表面的な言葉ではなく、深層的な意味を理解することが不可欠です。つまり、深く聴く力が求められるのです。


 「聴くこと」から「意味を理解すること」へ

 このような観点から、傾聴には大きな意義があると思いますが、企業の中で傾聴が語られるコンテクストや、傾聴自体の概念の生い立ちなどから、どうも、「重要かも知れないが優先度は高くないもの」と捉えられがちであるように感じます。そのため、企業内において、「聴く力」を単に部下とのコミュニケーションを良くするといった目的地に置くのではなく、「創造的な思考力の向上」といった、よりビジネス成果に直結するコンテクストで扱うことが必要ではないかと思います。

 その際に、「アブダクション」の考え方を用いるのが有益であると考えています。アブダクションは、演繹、帰納に次ぐ第3の推論方法として、チャールズ・パース(1839年~1914年)によって唱えられたもので、仮説形成や仮説推量などと訳されます。演繹は既知のことを論理的に説明する推論であり、帰納は観察された事実から共通性を見出す推論です。どちらも、未知の何かを見出すためのものではありません。それに対して、アブダクションは、直接的には観察できない何かを推論する思考プロセスです。

 ビジネスのコミュニケーションにおいて、相手の言葉の向こうにある意味を理解するための推論は、まさにアブダクションです。相手の意味は、推論なしには観察できないものだからです。


 未知の意味を推論する

 簡単な例をもとに解説しましょう。たとえば、あるマネジャーが部下から「残業が当たり前になっているのは問題だと思います」という提言を受けたとします。判断のスピードを重視するマネジャーは、その言葉を聞くや否や、残業を減らすための解決策を考え始めます。たとえば、残業が多い理由は、仕事の量が多いか、生産性が低いかのどちらかだと因数分解をし、今回はそのどちらに原因があるかと、問題の原因を探しに行きます。また、過去に残業問題が起こったときに行った対策を思い出し、今回、同じように適用できるものはないかを見つけ出そうとするかも知れません。

 ところが、提言をした部下は、残業自体がよくないことと考えていないかもしれません。残業をしても、やりたい仕事を思う存分にやることは一向に構わないが、残業していないとまじめに働いていないように見られる職場の雰囲気が、問題だと思っていたのかもしれません。一人ひとりのプロとしての意志を尊重しながら、チームとして協力できるような職場であってほしいと伝えたかったのかもしれません。もし、そうだとするなら、解決すべきテーマは残業を減らすことではなく、「プロとして尊重し合えるチームを作ること」と、まったく異なってきます。

 このテーマに対する解決策を見つけ出すことは容易ではないでしょう。なぜなら、過去のデータベースを検索しても、解は見つからないからです。だからこそ、そこに創造性があるのです。言葉の表面からはわからなかった未知の意味が理解されたことによって、これまでにはないアイデアが生み出される可能性が開けます。創造的な思考力と、相手の意味を理解する力(=アブダクションの能力)には、密接な関係にあるといえます。

 では、相手の意味を理解するために、何が必要なのかという点については、次週に書きたいと思います。

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