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自己理解ができない社員が集まる組織は硬直化する

[2009.12.02] 松丘 啓司  プロフィール

 キャリア開発、リーダーシップ開発、ダイバーシティ推進など、企業における人材教育プログラムの中で、「自己理解」は欠かせない要素である。ここでいう自己理解とは、自分の価値観を理解することだ。仕事において、人材開発において、組織変革において、なぜ自己理解が重要であるのか。また、自己理解ができなければ、どのような問題が生じるのかについて、整理しておきたいと思う。

価値観はビジネスにおける選択の基準
 価値観とは、一人ひとり、あるいは組織が「何を大切にするか」に関する基準である。「そのような生き方は私の価値観に合わない」とか、「わが社は人を大切にする価値観を有している」とかいったような使われ方がされる。

 価値観というと、抽象的で漠然としており、経済合理的に捉えることが難しいため、ビジネスの世界では、それほど重視されてこなかったのが現実だろう。しかし、実際のところ、価値観はビジネスの中で、重要な意思決定を左右する基準となる。「何を大切にするか」とは、表現を換えれば、優先度を決める基準であり、選択の基準であるからだ。

 ビジネスにおける意思決定は、価値観のような曖昧なものによるのではなく、もっと論理的であるべきではないかと思われるかもしれない。しかし、論理だけでできる意思決定は、意思決定とは呼べないようなものだ。

 たとえば、在庫が一定水準を下回ったら発注するとか、物価指数に合わせて価格を見直すといったような、ルールやセオリーに基づいた判断は論理的に行うことができる。しかし、そのような判断は、人でなくてもコンピュータに任せることが可能だ。ビジネスにおける重要な意思決定とは、基準自体を変革する類のことであり、それは人にしかできないことである。

 いずれにせよ、ビジネスの場での人による重要な選択は、価値観に基づいて行われると言ってよい。問題は、その価値観が外部から持たされた外発的価値観か、自分自身の内的動機に基づく内発的価値観かの違いにある。

 外発的価値観は、ほとんどの場合、組織の価値観である。それは、組織風土のように目
に見えない形で存在することもあれば、経営理念として明文化されていたり、人事制度の中に埋め込まれていたりすることもある。このような外発的価値観は、意識的・無意識的に人の選択を左右する基準になっている。

 自己理解の対象として重要なのは、人によってそれぞれ異なる内的動機に基づく内発的価値観である。それは、外発的価値観をすべて取り払ったときに、一人ひとりが何に重きを置くかを示すものだ。

 そのような目に見えない内発的価値観をどのように形式化するか、また、どうやって自分の内発的価値観を知るかことができるかについては、別の機会で述べたいと思う。本稿では、自分の内発的価値観を理解しておかないと、どのような事態を招く恐れがあるかについて、5つのポイントを指摘しておきたい。

(1)変化に翻弄される
選択の基準を自分の外部に置くと、外部の基準が変わったときに、自分の軸も変化してしまう。今日のように変化の激しい時代において、外部の基準は不安定だ。つい、この前まで当然のこととして信じていた組織の価値観が、突然、変わってしまうこともある。そうなると、自分の軸もそれに合わせて、変えざるを得ず、結果として変化に対して受け身になってしまう。

 環境変化に対して、組織が明確な選択の基準を示せないことも珍しいことではない。そうなると、個人は自分の軸自体を失ってしまうことになる。そのような状況で場当たり的に判断を繰り返していては、いわゆる「軸がぶれる」状態を招いてしまう。それは、自分にとっても、組織にとっても危険なことだ。

 しっかりとした自分の軸を持つためには、外部の基準が変わっても「変わらない自分」を理解することが不可欠だ。つまり、自分の内発的価値観を理解し、それを選択の基準として用いなければならない。自分の軸を持つことによって、逆に外部の変化をどのように理解すればよいかも見えるようになるのである。

(2)同質化し、創造性を欠く
組織に属する皆が、組織の価値観に従って選択をしたとすると、人の思考や行動は同質化してしまう。皆が同じように考え、同じように行動する組織は、市場と事業の両方が成長している時期には強みになるが、今日では逆に弱点を抱えることになる。そこには創造性が乏しいからだ。

 価値観の同質化は、組織にとってだけではなく、個人にとってもリスクとなる。自分も他者も同質的であるならば、自分の存在意義が薄れてしまうからである。今日、企業はその人にしかない価値を求めるようになっている。課題を与えられるのではなく、みずから課題を設定し、行動できる人材が必要であると、あらゆる企業が異口同音に言う。

 自分の軸を持ち、自分にしかない価値を生み出すこと。つまり一人ひとりがアイデンティティを発揮することは、企業が創造的になるためにも、個人が存在意義を高めるためにも不可欠なことなのである。

(3)未来が見えない
 未来は、現在から未来への過程での選択によって決定される。そのため、未来を予想するためには、自分の選択基準を理解していなければならない。安定的な組織の価値観に従っていればよかった時代には、未来を想像することはそれほど難しいことではなかった。しかし、今日においては、自分の軸を理解していなければ、未来を予想することはできない。

 もし、まったく未来が予想されずに、重要な意思決定が行われるとしたら、それはたいへん危険なことだ。たとえるなら、深い霧の山中を、闇雲に歩き回るようなもので、遭難は必至である。

 外部環境の分析を繰り返せば、未来が見えてくると考えるのも同様に危険である。外部環境の変化を正確に予測することは不可能であるし、万が一、そのようなことが可能であったとしても、それによって未来が決められることはない。未来は、自分と自分の組織の選択の結果でしかあり得ないからである。

(4)他者の意味が理解できない
 相手の表面的な言葉の背後にある本当の意味を理解するためには、相手の価値観が理解されなければならない。意味とは価値であるからだ。「そのようなことに意味はない」というのは、「価値がない」ということと同義だ。

 「価値」とは、その人にとって「何が大切か」ということである。その人が大切と感じることが、その人にとっての価値だ。また、「何を大切に感じるか」を決定する基準が価値観である。したがって、ある人の発言の意味を理解するためには、その人の価値観を感じ取ることができなければならない。

 ある人の価値観を感じ取るためには、自分と他者との価値観の違いに気づく必要がある。その違いが、他者の価値観を理解する糸口になるのである。そのためには、まず自分の価値観が理解されていることが前提になる。自分の価値観がよくわからない状況で、他者の意味を深くは理解できない。

(5)多様性を活かせない
ダイバーシティ推進が企業において課題になっている。ダイバーシティ(多様性)を活用することの目的は、異なる価値の調和によって進歩や創造を生み出すことだ。ビジネスにおける進歩や創造は、常に既存の価値と別の価値が重なり合うことによって生まれる。ダイバーシティ推進とは、そのような異質を調和する力を、組織的に高めるための取り組みである。

 異なる価値を活かすためには、その前提として、組織の一人ひとりが、自分ならではの価値を発揮している必要がある。そのためには、一人ひとりが自分の価値観を理解し、それを軸に考え、行動できなければならない。したがって、自己理解はダイバーシティ推進の第1歩と言える。

 一人ひとりが自分の価値観を発揮し、それらの異なる価値観が調和し、新たな価値が創造されることによって、組織の価値観も書き換えられていく。個人が組織の価値観に依存したままの状態では、組織は硬直化するのみである。

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