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良質の疑似体験が経営人材を育てる

[2006.01.01] 松丘 啓司  プロフィール

日本流の後継者育成プログラム

かつての日本企業は、非常に長い時間をかけて経営人材を育成してきた。終身雇用制のもと企業に入社した若者が、経営層の仲間入りを果たすのに30年を越える年月を要した。現在、多くの企業が採用しているようなマネジメント研修プログラムのような支援もなく、ほとんどのケースでは、数多くのさまざまな役職を経験しながら経営の勘所を一つひとつ身につけていくという育成アプローチがとられていた。また、確実に経営力を身につけた人材を経営陣に登用すればよかったため、育成や登用を誤るリスクは少なかった。
欧米の有名企業が経営トップの後継者育成プログラムに10年、20年もの歳月をかけているといったことが話題になるが、期間の長さや慎重さのみを取ると、かつての日本企業はそれ以上であった。しかし、言うまでもなく、この育成方法の最大の問題点は時間がかかり過ぎることである。ミドル世代に大勢の経営感覚を持った人材を育成しなければならないとき、従来の方法ではとても対応できない。

ミニMBAコースの流行

2000年前後から、経営幹部候補育成プログラムを採用する大企業が増え始めた。もっともポピュラーなパターンは MBAコースの簡略版のようなプログラムの導入だ。大学の先生や経営コンサルタントが講師となって、戦略や財務の要点とケーススタディを行う形式である。これまで経営戦略論のようなことを学んだことのなかった企業人の目には、これらの内容は新鮮に映ったようだ。ミニMBAコースの導入は急速に拡大した。
しかし、問題はすぐに明らかになった。研修自体は新鮮で面白いものの、受講者が実践で活かせないため、習ったことが身につかず、すぐに記憶から消えていってしまう。そこで、ミニMBAコースを補うために、いわゆる「アクションラーニング」を加える企業が増加した。すなわち、自社課題を選定し、学習した戦略や財務の知識を活用しながら、実際にビジネスプランを立案することを通じて、習ったことを消化し、体得させようというねらいである。このねらいはそれなりに目的を果たしているように見える。受講者が学習した手法をみずからの課題に対して使ってみることで、知識の定着率は大幅に高まるからだ。
ところが、その効果に関しても次のような疑問が沸く。

内容の問題

確かに戦略や財務の素養は経営者にとって必要なものだ。しかし、多くの幹部候補研修で教えられる内容の大半は、経営幹部候補であればそもそも、知っていて当然のことばかりだ。本来であれば知識があることを前提として、より応用編の学習に時間を割くべきではないか。

視点の問題

上手にビジネスプランを立てられるようになることで、経営者が育成できるだろうか。もちろん、ビジネスプランの作成方法をしっかりと学ぶことにはそれなりの意味はあるが、それだけでは経営企画スタッフや経営コンサルタントは育成できたとしても、経営者のより幅広い視点を体得するには限界があるのではないか。

試行錯誤を蓄積する

図1は学習における認知レベルを表した古典的な6分類である(Bloom's Taxonomy, 1956)。ピラミッドの下層ほど、単純な学習レベルとなっている。一般的に講義やケーススタディを通じて学習されるのは、下層の2段目までと言われている。それより上の層については、実際に体験した結果の記憶が脳内に蓄積されることを通じて、学習がなされていく。そのため、予期せぬ結果に対する試行錯誤をどれだけ豊富に体験するかが学習のポイントになる。
言うまでもなく、経営の学習において重要なのは上位の4層である。たとえば機械操作の研修のように、習ったことを正確に再現することに主眼があるのではなく、同じことが2度とは起こらない環境の中で、的確に意思決定を行う能力を高めることが経営人材育成の目的だ。下位2層を研修によって教えて、上位4層は現場に戻ってみずから体得せよというアプローチでは、結局のところ人材育成のスピードは短縮されない。したがって、経営人材育成においては上位4層をいかに効率的に教育するかが最重要の課題となる(下位2層はそれまでにできていることが前提)。
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経営視点に立たせる

企業の中において、経営者とそれ以外のメンバーの最大の違いは視点の広さである(図2参照)。視点が広がれば広がるほど、処理しなければならない変数が増えていく。変数が多くなればなるほど、意思決定は飛躍的に難しくなる。
通常、経営スタッフやコンサルタントは特定の課題に対して、最適な解決策を見出すことが求められる。そのような課題解決能力がますます必要とされていることは確かであるが、経営人材の育成においては特定課題を越えた経営視点をいかに養成するかが 重要なポイントだ。よい戦略が立てられさえすれば、成功が保証されるわけではない。経営スタッフとして優秀なだけでは、経営者の要件を充たしきれないことには誰しも異論はなかろう。経営人材育成プログラムにおいては、多数の変数の中から最適な意思決定を行うという、経営視点の養成に焦点を当てなければならない。
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シミュレーションによって擬人体験機会を提供する

つまり、経営人材を育てる最良の方法は、経営者の立場を実践し、試行錯誤の体験を積み重ねることである。最近では、経営幹部候補を若いうちからグループ会社などの責任ある立場に出向させ、経営感覚を磨かせようとする企業も増えている。これは実践そのものであり、どのような方法よりも経営人材を育てる学習効果を有するが、失敗が容易には許されない。このため、研修において失敗体験を積み重ねたうえで、実践に臨むというアプローチがより効果的だ。
研修の場において、いかに経営者の疑似体験を可能とする機会を作り出すかという課題に対して、経営人材育成を担当する人材開発スタッフは、工夫を凝らした解決策を見出さなければならない。
一つの有効な手法は、シミュレーションだ。飛行機のパイロットがフライトシミュレーションで失敗を重ねた後、実際の操縦を学ぶのと同様の原理を経営に応用したものである。経営幹部候補研修を重視することで有名なGEは、ミドルマネジメントに対する研修の最初に経営シミュレーションを行うことで、意図的に失敗体験を生み出している。また、日立グループの企業大学である日立総合経営研修所では、20年の歳月をかけて独自の経営シミュレーションシステムの改良を続けている。できる限り現実に近く、受講者が真剣に取り組める環境を作り出すことが、シミュレーション研修を構築する際のポイントだ。
このような育成ノウハウは一朝一夕に蓄積できるものではなく、企業として腰を据えた取り組みが求められる。

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