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コミュニケーションがキャッチボールではない5つの理由

[2014.04.28] 松丘啓司

 コミュニケーションは、しばしば情報のキャッチボールに例えられます。確かに直感的にわかりやすいメタファーですし、わざわざそのことを強く否定する意味もないように思われるかもしれませんが、このメタファーには問題があります*。社会や会社におけるコミュニケーションのあり方に関する誤解を強化してしまう恐れがあるからです。
そこで、なぜコミュニケーションがキャッチボールではないのか、その理由を5つ挙げてみたいと思います。


 1.キャッチボールは個人の行為


 キャッチボールは1人ではできませんが、要素分解すれば個人の行為から成り立っています。自分が相手からボールを受け取り、相手にボールを投げるとキャッチボールはそこでいったん完結します。今度は相手が自分に対してボールを投げてきますが、どこを目標にしてどのような強さでボールを投げるかは、相手が好きなように決めることができます。つまりキャッチボールは一見すると連続しているように見えますが、実は個人主体の行為(受ける、投げる)を繋ぎ合わせたものです。
 それに対してコミュニケーションでは、相手の発言を聞いて、その内容によって自分の発する言葉が変わります。また、自分の発言はその次に相手が発する言葉に影響を及ぼします。そこでは個人の行為(聞く、話す)で完結するのではなく、聞いた内容が話す内容に影響を及ぼし、話した内容が次の相手の発言に影響を及ぼしながら連続していきます。つまり、コミュニケーションは個人の行為を越えて繋がっているのです。
 コミュニケーションをキャッチボールに例えるメタファーは、個人の行為やスキルに対して、過度に力点を置いてしまうように感じます。コミュニケーション力を高めるために、上手にキャッチできるようになろう。それ以上に、どうすれば正確に投げられるか、もっと速いボールを投げられるように練習しよう、といったスキルアップに目が行きます。聞いたり、話したりするスキルを高めることの意味を否定するつもりはありませんが、それだけでコミュニケーションがよくなるわけではないと思います。


 2. ボールはボール


 キャッチボールでは、相手が投げたボール(球)と自分が受け取ったボールは常に同じです。変化球だろうが直球だろうが、ボール(球)は同じボールとして双方に認識されます。片方が野球のボールと思っているのに、他方がテニスボールと思っているといったことは起こりません。
 それに対してコミュニケーションでは、相手が伝えたと思っている意味と自分が理解したと思っている意味が同じとは限りません。むしろ100パーセント一致することはあり得ないと考えるべきです。相手の発言には、相手にしかわからない微妙な意図が潜んでおり、その意図は通常、口に出して説明されないからです。
 キャッチボールのメタファーによって、コミュニケーションの情報伝達面が強調されがちですが、情報さえ正確、効率的に伝達、共有すればよいという考え方は、そこにいる人の心の内側にある価値観や感情を軽視させてしまう恐れがあります。そうなるとコミュニケーションは無機質で表面的なものになってしまいます。


 3. 投げたボールは残らない


 当然ですが、キャッチボールで自分がボールを投げたら、そのボールは自分の元には残らないで相手に渡ります。次に相手がボールを投げたら、相手の手元にボールは残りません。
 一方、コミュニケーションでは、相手の発言を聞くとその内容は自分の中に記憶されます。また、次に自分が行った発言も、すぐに忘れ去られることなく自分の中に残ります。相手にも同じことが起こります。そうして、コミュニケーションの内容は自分にも相手にも、どんどん蓄積されていきます。その後の発言や理解は、蓄積された過去のコミュニケーションの内容に基づいて行われます。つまり、自分の中にも相手の中にも変化を起こし続けるのです。
 キャッチボールのメタファーによって、自分と相手の間(つまり自分の外側)を情報が行き来するイメージが思い浮かべられがちですが、以下に述べるように、コミュニケーションによって、自分と相手の内側に起こる変化に目を向けることが重要です。


 4. キャッチボールは繰り返し


 キャッチボールによって、ボールを投げたり受けたりすることが上手になるかも知れませんが、やっていることは同じことの繰り返しです。それに対して、コミュニケーションは変化を生み続けます。互いに影響し合うことによって、新しいアイデアが生み出されます。単線的に行ったり来たりするだけではなく、線から面に広がって、個人だけではなく組織を変えて行きます。そこにコミュニケーションの意義があります。
 キャッチボールのメタファーは、コミュニケーションの目的を矮小化させてしまう恐れがあります。単に個人がスキルアップしたり、情報を的確に伝えたりすることだけに止まらず、コミュニケーションにはそれ以上の広がりがあるのです。その広がりを視野に入れなければ、よりよいコミュニケーションにはならないと思います。


 5. 関係性は変わらない


 キャッチボールを通して親しくなることがあると思われるかも知れませんが、それはキャッチボールによって起こるのではなく、同時に行われるコミュニケーションによって起こることです。どこかのグラウンドで、見ず知らずの2人が言葉を交わさずにただキャッチボールだけを行って、そのまま別れても関係性に変化はないでしょう。
 相互に理解し、言いたいことが言い合えるような関係だからこそ、有意義なコミュニケーションができる、といった意見を聞くことがあります。しかし、そもそもコミュニケーションがなければ、そのような関係になること自体がないので、もともとのコミュニケーションの質が重要になります。互いに理解して自由に話せる関係になるために、どのようなコミュニケーションが必要か、といった論点は、キャッチボールのメタファーからは出てこないのではないかと思います。


(*ドイツの社会学者ニクラス・ルーマン(1927-1998)による情報の移転メタファーに対する問題指摘を参考にしています)


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