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「人と組織とキャリアを考える」 第4回 利益相反を起こしたクルマの両輪

[2012.12.21] 中田 研一郎

 ソニーがコロンビア映画を買収したとき以来、エンターテイメントビジネスを経営戦略において、どう位置付けるのかが大きな課題となりました。

 映画には3千数百億を投資して買収しましたが10年近くもの間、赤字でした。電機が稼いだ利益を映画が使ってしまうという構図があって、10年ほど経って3千億円の"のれん代"を償却してやっと黒字化しました。

 ハードとソフトコンテンツの両方を深く理解した経営者を得ることは容易ではありません。

 エレクトロニクスのビジネスの経験しかない人には、映画会社をどう経営したらよいかよく分からないですし、いい映画を作れたからといってエレクトロニクスの世界でも同じように通暁できるわけでもありません。

 そういう意味で、非常にビジネスモデルの異なった事業をかかえるソニーの経営者を選ぶのは至難の業です。

 もう一つの課題は、著作権に関する利害の相反です。映画産業は著作権を創る仕事で、音楽産業も同様です。一方ビデオディスクとか録音機というのはコピーマシンで、著作物を複製する機械です。

 いわば右手と左手が完全に利益相反する事業を同じ会社の中に持つことになります。そのために、映画会社を買ってから、ソニーのエレクトロニクス関係の開発スピードが落ちたように思われます。

 エレクトロニクスビジネスにおいて新たな超高性能の録画マシーンを作ると、著作権法違反になるのではないかということが常に問題になりました。

 そもそもの発端は、アメリカで、ベータマックスを購入してディズニーのミッキーマウスの映画を家庭で録画すると著作権法違反である、とハリウッドの映画産業から訴えられたことです。ソニーがコロンビア・ピクチャーズを買収する前の話です。

 第一審で勝って第二審の高等裁判所で敗訴し、もしソニーが三審の最高裁で負けたらソニーのベータマックスは販売差し止めになって売れなくなるという状況でした。

 幸いアメリカ最高裁判所では5対4の評決で勝訴し、同時にアメリカ議会では家庭内録画は合法であるという法案が通りました。しかし録画再生機1台につき幾らという著作権料を払うことになりました。

 その後、ソニーはコロンビア・ピクチャ―ズを買収し、以前にもまして著作権を常に意識するようになり、映画産業と電機産業の利害を両立させるために、ネットワークからのダウンロードの方式についても著作権法に大変な神経を使い、著作権保護技術に対して大規模な開発投資を行いました。

 それによって、結果的にはネットワーク関連の技術開発スピードも遅くなった可能性があります。

 ソフトとハードは車の両輪と言ってきましたが、過去の事実関係を見ると、少なくとも今日までは、双方の相乗作用を起こすことに成功していません。今後、それを本当に相乗効果のある両輪にすることができるか否かで、ソニーの命運は大きく変わるでしょう。

 また、ソニーではベガテレビがヒットし、長く大きな収益源であったために、液晶テレビの技術も開発していましが、その商品化に後れをとりました。

 2000年ころにサムソンが液晶テレビを発表し、日本ではシャープが先行しました。そして、たった1年足らずの間に液晶の時代になり、従来型のテレビが全く売れなくなりました。

 当時、フラット型のテレビには方式が5つくらいあり、そのどれに開発の優先度をもたせるかが経営課題になっていましたが、明確な決定ができず中途半端に全ての開発を継続したために、技術戦略において開発の優先度を決める「選択と集中」が十分にできませんでした。

 一方、サムソンとシャープは液晶に集中投資をしていきました。電機業界では、2~3年の遅れは2~3年経つと、追いつくのではなくてもっと差がつくため、その時点で技術力に溝をあけられました。

 稼ぎ頭の旧来型ベガテレビの存続にこだわり、次世代の商品開発で後れをとり、よく言われる「創造的破壊」ができなかったということです。


 業績悪化は事業戦略の誤りから

 もう一つの問題は、ソニーはものづくりで成長した企業なのに、金融や映画音楽などのソフト事業に軸足を移したことです。モノづくりとソフト産業では企業文化の基盤に大きな差があり、そこでソニースピリッツを発揮せよと言ってもDNAに大きなギャップがあります。

 出井社長時代に、コンピュータとAVの融合戦略を考え、ネットワーク時代の収益源はハードではなくネットワークビジネスだという戦略を打ち出しました。

 その時は、私もそれが正しいと思いました。コアビジネスの定義を借りていうと、「エレクトロニクス事業が円の中心で、その周りに収益事業としてエンターテイメントやファイナンス、ソニー銀行などの金融ビジネスを配置する」という考え方です。

 核はエレクトロニクスですが、開発の力点はネットワークにシフトして、そのためにその分野に毎年数百億円の開発投資をしましたが、結局、数年後のビジネスの柱となるような成果を出すことはできませんでした。

 出井会長が目指したのは売ってから始まるビジネスで、具体的にはセコムのように監視カメラを売った後で、それを使ったサービスで利益を長く得るというようなビジネスの形です。

 ソニーもそういう企業にしていかないとハードウェアの売り切りの商売ではだめだと考え、ネットワークを活用していかに継続的にサービスを提供するか、そのビジネスモデルを考えようとしましたが残念ながら結実することはありませんでした。

 いま、スマートフォンが一大ブームになっていますが、それに近いような携帯端末はソニーのほうがはるかに早くから作っていました。しかし、通信事業会社が使ってくれないと事業にはなりません。通信業界との連携なくしてのハードの単独導入は、時代が早すぎたということでしょう。

 もう一つの問題は、ブランド戦略です。ソニーはコカコーラとならんで、世界の有名ブランドのなかでも常にトップ5に入るハイクオリティのブランドでした。

 しかしソニーブランドの上にクオリアという高品質・高価格の上位ブランドを作りました。これは例えば、メルセデスベンツでベンツのうえにハイクオリティの上位ブランドがあったとしたら、ベンツというブランドはトップブランドではなくなるようなものです。

 サムソンはマザーブランドしか扱っていませんが、日本の電機業界はサブ・ブランドをたくさん作り過ぎ、マザーブランドの価値の希薄化を起こしているように思います。また、その数多くあるサブ・ブランドの宣伝もするため、宣伝効率が悪くなっているのではないでしょうか。


 アップルの成功とソニーの衰退

 ハワード・ストリンガー氏の時代には、エンターテイメントビジネスをソニーのサブからメインビジネスに再定義し、エレクトロニクスをサブにするというドラスティックな変革を行ったように思えます。

 ハードウェアをコモディティ化した単なるブラックボックスと考えてしまうと、端的に言えば、ソニーの端末でなくても他社の端末でもいいということになります。

 問題はソフトとハードを車の両輪にするときに、ソニーの商品をネットワークにどう繋いでいくかということです。

 まさに、アップル社のiPad、iPodの成功の要因は、携帯端末のプラットフォームにマーケットで入手可能な数多くのコンテンツが乗ることでした。

 そうしたネットワークのなかで使われるハードウェアをどう作るかということが課題で、現状を見ればそれがまさにハードとソフトを組み合わせたネットワークビジネスの要諦だということなのでしょう。

 ソニーにおいてはハードウェアとソフトウェアコンテンツを車の両輪にしましたが、現実のビジネスでは未だ成功していません。

 デジタル化によって電子端末のコモディティ化が起きました。今のテレビは半導体のかたまりでモジュール化されているため、それを組み立てて液晶やプラズマの画面をつけるとテレビになり、ハードウェア単体では差異化が困難になってきました。

 しかし、コンテンツの入っていない製品は単なる箱であると考えていいものでしょうか。iPodにはコンテンツは入っていませんが、単なる箱でなくフォーマット化に成功をしたツールであり、ハードを売って儲けています。

 業績悪化の結果として90年代には1万円ほどであったソニーの株価が、最近では千円以下になってしまいました。

 一方、アップルの収益をみると企業価値5000億ドル(約42兆円)、これに対して、ソニーは1兆円前後と10年前に比べて4分の1となってしまいました。明らかに競争に負けたわけで、これは経営の責任です。

 業績悪化の原因を円高やリーマンショックのせいにするのでは、ソニーの新たな経営戦略が見えない無責任な言い訳として株式市場では受け取られているので、株価が千円以下ということなのでしょう。

 次回は、大企業の組織戦略でよく行われる組織の統合と分極について考えてみたいと思います。


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