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「よかれと思ってやったのに...」というマネジメントのパラドックス(3):思いやりのあるアドバイスが、チャンスを奪う

[2009.07.07] 小林 知巳  プロフィール


 前回は「コミュニケーションを取るほど、対立が深まる」ケースについて考えてみた。
今回は「思いやりのあるアドバイスが、チャンスを奪う」というパラドックスを取り上げよう。


 思いやりのあるアドバイスが、チャンスを奪う

 読者の皆さんの多くが、部下にアドバイスをしたり、あるいは上司や先輩からアドバイスを受けたりした経験をお持ちではないかと思う。アドバイスにはさまざまなタイプがあるが、組織の中でよく見られるのが「転ばぬ先の杖」タイプのアドバイスだ。たとえば、経験の少ない若手の勇み足を、「そんなことをやったら痛い目にあうぞ」と先輩が忠告する、といったものである。
こうした思いやりに富んだ助言を日々受けられるからこそ、経験の乏しい人も、次第に仕事や組織に適応していけるという側面はもちろんある。しかし、一方でそれは、可能性の芽をつぶしてしまうという危険もはらんでいるのだ。

 次のケースをもとに、具体的に考えてみよう。

 某ソフトウェア企業の若手のAさんは、イベントに出展して販路を広げるという企画を練っていた。ところが、営業会議に提案しようと勇んで先輩のBさんに話すと、「悪いことは言わないから止めておけ」と、あっさり却下されてしまったのだ。
「なぜですか?」と食い下がると、「数年前にイベント出展をやったが、お客さんの集まりが悪くうまく行かなかった」という返答がかえってきた。さらにB先輩いわく、「部長も『ウチの製品はイベントでの派手な打ち出しには向かない』と言ってたんだ」とのこと。
企画に自信をもっていたAさんは不服だったが、経験のある先輩の忠告なので、しぶしぶ従うことにしたのである...。

 結果的に、Aさんは組織の中での無用なつまづきを避けられたと言える。もし先輩に相談せずに営業会議に提案したら、「見当違いなことを言うな」などと部長から責められた可能性も高いからだ。Aさんは、会議の場で非難され意気消沈するというダメージを避けながら、この企業の過去の経験を学び、一歩組織に適応したのである。

 「B先輩の温かい助言に感謝!」と言いたいところだが、見方によってはそのアドバイスへの疑問も湧いてくる。たとえば、「数年間のイベントでは実際にどの程度のお客さんの入りだったのだろう?」、「本当にまったく商談につながらなかったのだろうか?」、あるいは「部長が『イベントに向かない』と言っているのは、すべての製品についてなのだろうか(実は一部の製品を指しているのでは)?」などなど。

 果たして、Aさんは、(しぶしぶではあるが)そのまま引きさがって良かったのだろうか?


 不安定な記憶に基づくアドバイスが、実は可能性を狭めている

 この疑問を解決するためには、B先輩がアドバイスのより所としていた過去の経験を丹念にひも解いて行く必要がある。過去のイベントで具体的に何人集客できて、どんな商談が生まれて、コストはいくらかかった、という事実を拾い上げるのだ。拾い上げた事実を積み上げてみると、「実はイベントも捨てたものじゃない」とか「やり方を変えれば、ビジネスチャンスを生みだす場になりうる」という認識に至った可能性もある。もしそうだとしたら、B先輩のAさんのためを思ったアドバイスは、ビジネスチャンスを広げる選択肢を捨て去る結果を招いたことになる。

 組織の中において、このように「転ばぬ先の杖」が「選択肢の放棄」を招く例は多いものだ。
アドバイスする側である上司や先輩は、組織内での経験を、アドバイスされる側よりも、より多く記憶している。しかし、その記憶が曲者なのである。経験の記憶は、意外とあやふやなものなのだ。具体的な事実を積み上げてみると、いたるとことに誇張があったり、すり替えが行われていたりすることが判明することもある。

 我々は、善意のアドバイスを取り交わしながら、貴重な選択肢を無自覚のうちに捨てているかもしれないのである。

 もちろん、上司や先輩のアドバイスをむやみに疑えと申し上げるつもりはない。しかし、その背後にある組織内の経験の記憶を、常によく吟味することが必要である。

 以上で、本連載はひとまず完結である。

 全体を通じて再度強調したいのは、善意で行った正しいと思えることが、往々にして間違った結果を生むということだ。それがマネジメントの難しさである。しかし私たちは、そうしたパラドックスに陥った時に、自分を責めて臆病になったり、ましてや周囲を恨んだりすべきではない。パラドックスの背景を読み解き、自分が見落としていた組織の状況を正しく理解し直すべきなのである。その繰り返しによって、マネジメント力が向上していくのだと考えている。

(完)

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