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「よかれと思ってやったのに...」というマネジメントのパラドックス(2):コミュニケーションを取るほど、対立が深まる

[2009.06.02] 小林 知巳  プロフィール


 前回は、「明確な目標を打ち出すと、メンバーがモチベーションを低下させる」をテーマとして取り上げた。
第2回では、「コミュニケーションを取るほど、対立が深まる」というパラドックスを取り上げよう。たとえば、次のようなケースだ。


 マネージャーの仲裁がメンバーの対立を激化させるケース

 2人の担当者が、ある案件について激しく対立していた。一方の担当者は「利益の薄い案件であり、コスト対効果を考えて撤退するべきだ」と主張していた。もう一方は「顧客開拓やノウハウ蓄積のために是非とも進めるべきだ」と言い張り、両者とも譲らない。それぞれを支持するメンバーが口を出し始め、もはや個人の対立にとどまらず、チームを二分しかねない状況になっている。

 そこで、マネージャーであるあなたは仲裁に入ることにする。あなたが「こっちだ」と判断を下してしまえば話は簡単だが、そうはしたくなかった。「腹を割って話せば分かりあえる」というモットーを持つあなたは、あくまで話し合いによって当事者に落とし所を見いださせたいと思ったのだ。そこで、2人を呼びミーティングを持った。

 しかし...、ことは意外な方向に進んでしまう。「じっくり話し合おう。そして我々にとってベストの結論を納得して出そう。」こう切り出したまでは良かったが、2人の担当者の意見はぶつかり合ったまま、わずかな接点すら見つからない。たまりかねたあなたが、「もっと相手の意見もよく聞こうよ。」と口を差し挟むと、「いったいどっちの味方なんですか!」と罵られ、口をつぐんでしまう。結局、3人のミーティングは、より深まった対立と徒労感を残して終了した。そして、行き場をなくした不満の矛先はあなたに向かってきた。「優柔不断なマネージャー」との陰口が急速に広まってきたのだ...。

 組織を運営していく上で、言うまでもなくコミュニケーションは重要な要素である。一方で、コミュニケーションに頼りすぎることには危険もあるように思う。「とにかく議論をすれば、納得のいく結論に到達できる」、「顔を見ながら話せば、分かりあえる」といった考え方は一概に否定はできないが、本ケースのような皮肉な結果を生むことも少なくない。なぜなのだろうか?


 ダイアローグ(対話)のつもりがモノローグ(独白)に?

 これには大きく2つの背景がありそうだ。1つは、動機に縛られた解釈をする(見たいものを見る)という人の性質である。たとえば、「ある同じフットボールのプレーを見て、応援しているチームによりファウルかフェアかの判断がまったく異なる」ケース*などはその典型的なものだ。

 もう1つは、自分自身の性質をなかなか客観視できない、という傾向だ。私たちは自分がどのような価値観を持ち、思考の癖をもっているか、について日頃あまり自覚する機会がない。だから無意識のうちに「他人も自分と同じ見方や考え方をしているはずだ」と期待しがちなのである。この期待が裏切られると、内省ではなく、「なぜ、分かってくれないんだ」という他者への不満や不信につながることが多い。

 ただし以上の性質は、いつも弊害をもたらすとは限らない。動機にもとづく解釈や自分への同調期待は、人が願望を実現するためのエネルギーでもある。発露のされ方によって、プラスにもマイナスにも作用する。

 今回強調したいのは、対立の背後にある「人の性質」への働きかけを行わずに、コミュニケーションだけを促すと、逆効果を生む恐れがあるということだ(本ケースでは、対立の火に油を注ぐ事態を招いてしまった)。なぜなら、自分を客観視できないままコミュニケーションをしても、本質的なダイアローグ(対話)が成立しないからである。見かけ上は言葉のキャッチボールが行われていても、実態はモノローグ(独白)に過ぎない。目の前に相手が居ても、心の鏡にその姿は映っていない。映っているのは自分だけなのだ。


 自己理解を深めることが他者理解につながる

 では、具体的に何をすればよいのか?

 もちろん、マネージャーがトップダウンで、「今回はこっちの意見を採用する」と決めても良いだろう。判断の論拠がしっかりしていれば、十分組織内の納得が得られる。しかし、いつもトップダウンで決裁してしまっては、組織力が成長しない。対立した者同士が、周囲も巻き込んで議論を深め、より高い水準の結論を自ら導き出せるようになることが理想だと考える。

 そのために、有効だと考えられる対策は、「自分の価値観や思考の癖を客観視する機会を設ける」ことだろう。自己への理解を深めることが、他者との違いの認識につながる。その認識が、他者がなぜ自分と異なる主張をするのかに思いをめぐらす想像力を生む。他者を想像する力の浸透が、対立から融合を生みだす土壌をつくる。このような土壌を形成した上でのコミュニケーションであれば、空しいモノローグにはならないだろう。

 ただし先に述べたように、自己理解の機会は日常の中では持ちにくいため、意図的に自己省察の場をつくり出す必要がある。

 繰り返すが、自分の意見への固執は、熱意の裏返しである。そして意見の対立は、多様な発想のシナジーや健全な意思決定のために不可欠なプロセスだ。と同時に、一歩対処を間違えると、組織内の断絶やマネジメントへの不信に陥りかねない、パラドックスに満ちたプロセスでもあることを理解しておきたい。

*ダン・アリエリー『予想通りに不合理』

(次回に続く)

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