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インフルエンサーたちから学ぶ、人の可能性を引き出す意外とシンプルな行動

[2009.03.04] 佐々木 郷美

ビジネス環境の先行きに対する不透明感が強まる中、計画的に事業を運営するマネジメント力だけでなく、多様な人材の潜在力を引き出し、組織の未来を切り開くリーダーシップの必要性がますます高まっている。では、リーダーが組織に前向きな変化を起こさせるには何が必要なのだろう? 最近読んだ『インフルエンサーたちの伝えて動かす技術』(ケリー・パターソン/ジョセフ・グレニー/デヴィッド・マクフィールド/ロン・マクミラン/アル・スウィツラ―著 本多佳苗/千田彰 訳)から少しご紹介したいと思う。

「伝えて動かす」と言っても、一時期もてはやされたカリスマ的なリーダーの存在を期待させるものでも、説得力ある派手なプレゼンテーション・テクニックの重要性を強調したものでもない。世界中の社会変革や組織変革の立役者(インフルエンサー)達の行動をインタビューにて徹底解明し、科学的かつ体系的にまとめている点が、非常に興味深いと思った。そして、組織を変えるために必要なのは、人々のごくシンプルな行動を変え、それによって新たなメンタルマップ(「ああすればこうなる」といった、ものごとの因果関係に関する頭の中の考え)を定着させることだと気づかされる。

 「ベストを尽くすだけではだめだ。何をすべきか理解したうえでベストを尽くさなければ。」(W・エドワード・デミング)という言葉には、なるほどと思わされる。確かに、我々は組織を良くしたい、問題解決したい、と思った場合、無意識のうちに見当違いの努力をしてしまうことが往々にある。例えば、これは書籍中の事例だが、ニューヨーク市が地下鉄の凶悪犯罪を軽減させるのに、皆様は、以下のどちらが効果的だったと思われるか?
①凶悪犯に太刀打ちできるだけのトップレベルの警官を集めて、市街のあらゆる場所に配置し、警戒態勢を敷く。もしくは、②街中から落書きを減らし、ゴミを無くし、破損物を修理する。

結構有名な話なので、ご存知の方もいらっしゃると思うが、実際に採用され、功を奏したのは②の方法であり、驚くべきことに75%も犯罪が減ったと言われている。割れたガラスやゴミだらけのストリートは、「あなたの行動に誰も関心を払っていない」というメッセージを発する。するとごみのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるようになり、市民のモラルが低下する。それがさらに治安を悪化させ、結果として凶悪犯罪を誘発するのである。これは「破れ窓理論」と呼ばれる。この状態で①のような施策を導入しても、膨大な予算や複雑な仕組みが必要な割に、犯罪の手口を一層凶悪なものにエスカレートさせるだけ、といったイタチごっこになりやすい。なぜだろう? 結局のところ、「犯罪者はタチが悪い」というメンタルマップを強化しているだけだからである。

②の施策は、「きれいな町を見ると、市民が協力し合ってその環境を維持している姿が想像され、あえてそれを乱すようなことをしなくなる」というメンタルマップを市民に定着させた。意外とシンプルなアクションの方が本質的な課題に直接利いて、実はレバレッジが大きいのである。

さて、もう一つ興味深かったのが、バングラデシュのグラミン銀行の事例である。地域の貧困層(中でも女性達)の救済を目的とし、98%の返済率の貸付金の回収を誇る、この銀行の存在を聴かれたことがある方もいらっしゃるだろう。しかし、なぜそんなことが可能になったのだろうか? ①有数のコンサルタントや投資家を集めて、財務指標の読み方や経営分析を徹底的に学ばせる、②債務者である村人5人を1つのグループにし、お互いがお互いに対する共同債務者となる。実際に取られた方法は②で、働いた経験もなく、高等教育も受けていない人達が、お互いの事業計画に対して真剣に知恵を出し合い、必死でサポートし合うことによって驚くべき成果が上がったのである。

恐らく、その過程では困難もあったと思うが、村を熟知した住民同士だったことと、経済的な自立という共通の目的を持っている仲間だったからこそ、乗り越えられたのだろう。「金融に対する知識がなければ、個人が融資を受けることは困難だ」という旧来のメンタルマップがある限りは、この施策は成功しなかったに違いない。グラミン銀行が着目したのは、「村人は相互扶助の価値観を持っており、その価値観は金融にも適用できる」ということだった。

「特定の状況下では・・・、集団は極めて知的になり、集団の中で最も知的な個人の能力を凌ぐ」と英国人科学者フランシス・ガルトンは述べている。結果を聞けば「なあんだ、そんなことだったのか」となるが、最初からその可能性に目を向けられるかと言えば、なかなか容易いことではないだろう。

上記2つの事例には、興味深い共通点がある。それは、一見複雑に見える問題だが、問題に影響を与えているシンプルな行動に焦点を当てることにより、レバレッジを利かせた変革が成功しているということ。そして、そこには個人のどんなメンタルマップを変えたいかが、しっかりと意識されていることである。今回の事例では、「お互いがお互いに関心を持つ」「人から関心を払われている」というメンタルマップと施策がしっかりと結び付けられていた。

私達が組織で直面している「変革」ニーズは、ここまで複雑で難易度が高くはないと思うが、実際に打っている施策が複雑すぎて、問題をよりややこしくしていることはないだろうか。問題の存在を前提に、それを修理・修正しようと思うと、どうしても複雑な問題解決に走りがちになる。むしろ、本来の組織の力を信じて、それを引き出すためには何をすべきかを考えると別の発想が浮かぶ。「変革」というと突飛で奇抜な変化を期待しがちであるが、その組織固有のポテンシャルの発揮を阻んでいるメンタルマップを書き換え、新しくかつシンプルな行動を学習させることが、すなわち真の「変革」と言えるだろう。そして、そこに働く"人"と"人"との間に働く影響力を決して過小評価してはいけない。私自身、現在の組織の隠された力に改めて目を向けてみたい、そう思った。

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