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「ジャイロ経営」の薦め (最終回)

[2008.11.11] 秋元 征紘 (ワイ・エイ・パートナーズ株式会社 代表取締役)

最終回 企業家による地球的規模の「志」とパッション

ジャイロ経営と「志」:

これまでお読み頂いたように、ジャイロ経営の基本は、第一に理解しやすく、具体的で明確な戦略を社員による参画的な検証を経て策定し伝達することであり、そして第二に戦略・目標を積極的に理解したやる気十分な社員との感情的な絆を構築することです。つまり組織の論理的な理性と熱意をもった感情という、二つのベクトルを、正しい方向性をもって、バランスよくマネージすることなのです。

これをこれまでお話ししてきた「企業家」の観点からみると、現代のグローバル社会における企業家にとっての不可欠なリーダーシップ能力とは、第一に、自らの「志」を持ち、企業のビジョンを描く能力と、そのビジョンを、創造的な発想・感性・ひらめき・視点と論理的な分析・思考によって、構成員を巻き込みながら、組織的な戦略としてまとめ上げる能力なのです。そして第二には、この自らの志と、社員とともに策定した戦略を、具体的な目標に落とし込み、それらを社員に「あらゆる機会を使って、繰り返し、繰り返し、解りやすく、簡潔に、感性に訴え、情熱をもって伝達すること」、すなわち「パッションを伴った熱意ある行動」をすることにより、社員を具体的な戦略と目標を積極的に理解した「やる気十分な社員」に変えてゆく能力なのです。その結果として、計画は戦略に沿って意欲的かつ効率的に実施され、期待以上の成果を挙げることとなります。

私達は、この様な現象をもたらす経営手法を「回転軸に外力を加えると、元の状態を維持しようとするための慣性力が発生する」という物理学の原理から着想して、「ジャイロ経営」と名づけました。ジャイロ経営を行う企業には、どんな局面でもぶれない確固たる回転軸が必ず存在します。それは志やビジョンといった経営理念であり、また時々のリーダーがその役割を担うこともあります。回転軸は、「我々は何のために事業をするのか、事業を通して何を成し遂げたいのか」といった、企業としてのオリジン(原点)を見つめる確かな視点を提示します。危機的な局面では、様々なしがらみを断ち切り、時にはそれまでつぎ込んだコストの回収をあきらめてまで原点に立ち戻る果敢な行動をとることもあります。成長を持続している企業の歴史をみると、重大な局面で回転軸が機能し、あらゆる可能性に自由に挑戦しながら、失敗しても傷口を拡げることなくリカバリーしてきたことがわかります。ジャイロ経営は、今日の企業競争における適者生存の重要なファクターとなっているのです。

私の連載コラム最終回となる今回は、この「志」と更に論理と感情を「感動」をもって結びつける「パッション」について取り上げていきたいと思います。

好奇心と行動が志のきっかけを作る:

「ジャイロ経営」における「志」は、一般的に経営学あるいは経営戦略論のなかでは「使命」と訳されているミッション(Mission statement)と同じ意味です。

このような意味での志の例としては、明治初期、札幌農学校(現在の北海道大学)の教頭として招かれたウイリアム・S・クラークの言とされる「少年よ、大志を抱け」が挙げられるのではないでしょうか。私の理解では、クラークの言った「大志」とは、漠然としたものではなく、明らかにある目指す方向を示しているものです。もっとも、それは個人の具体的な目的を制約するような類のものでもなければ、なんらかの宗教的な信条に基づくものでもなく、人類がよりよく生きるための目標や目的の価値や質を向上させ、地球人としてあるべき道の方向を示唆する理念のようなものだと思います。

シュンペーターは企業家の持つ特徴として「まず事物を見る特殊な方法」、「ひとりで衆に先んじ進み、不確定なことや抵抗のあることを反対理由と感じない能力」、「『権威』・『圧力』・『人を服従させる力』といった言葉で表すことのできる他人への影響力」を挙げました。私はこのような志を持って初めて、企業家は企業家としての特徴を備えることができ、手段と本来の目的を混同することなく大所高所の視点をもった創造的な戦略を立てることができるとともに、部下の支持を得ることができると考えます。

それでは、企業家である個人が志を持つためには何が必要とされるのでしょうか。この問いに関しての私見を、以下に紹介したいと思います。

2002年12月、経済同友会の企画で、神奈川県の県立高校で講演を行いました。"人生で一番やりたいことを見つけ行動せよ"というテーマで、「高校時代、山と音楽が好きで山岳部と合唱部の活動に没頭し、成績に偏りが多く、特に英語はとても大学受験に耐えられるような状態ではなかった私が、現在グローバルなビジネス界で活躍している要因の一つは、そのことをクラス全員の前で英語の先生に指摘されるという恥ずかしい体験がきっかけとなって集中的に行なった英語の猛勉強にある」という主旨の話をしました。

自分の一番好きな山と音楽の部活に没頭した結果生じた状況への対策として行った英語の猛勉強が、英語が得意になるという結果を生み、さらにそのことが世界的な規模の舞台で活躍できる新たな可能性を生んだのです。この「自分の一番やりたいことを見つけ、行動することが未来を拓くのだ」という主張は、私の講演を聞いてくれた高校生の間で大きな反響を呼ぶこととなりました。

私は、志を持つために必要なものは、「豊かな感性に裏打ちされた好奇心」と「逞しく勇気ある行動力」だと思っています。そしてそれらは「楽観的な人生観」や「失敗にめげない強い意思」に裏打ちされている必要があるのです。また当然のことですが、日々の行動には「今日・明日を生きるための消費的なもの」があるのと同時に、「未来への投資的なもの」があることを自覚して適切なバランスを取るといった自制心と強固な意思とが必要だと思います。

感動体験の蓄積としての「感性」と時間・空間を越えた「知恵」:

このような好奇心の基礎であり、ある時はそのきっかけとなるのが「感性」です。この言葉をより正確に理解するためのキーワードは「本物」と「感動体験の蓄積」だと私は常々思っています。

感性を磨くためには、まず音楽・絵画・演劇やその他の多岐にわたる芸術や、スポーツなど様々な分野への興味を持つことが大切ですが、それと同時に、それらを第三者の解説やカタログ的な情報からではなく、本物に直接触れ、直接体験し、時には参加することによって得られる本物の感動の快感体験を積み重ねてゆく事が大切だと日頃思っています。そして、このような感動の積み重ねと蓄積が、感情のエネルギーを伴った「パッション」を生むことになると思うのです。

手前味噌かもしれませんが、国内外の主要美術館から小さなギャラリーに至るまでの様々な美術館を訪れること、ジャズ・ミュージカル・ロック・オペラ・クラッシックといったジャンルを問わないコンサートイベントに出向くこと、お茶の修行をすること、声楽を学ぶこと、合唱団の活動に参加すること、話題の企業家や成功者と積極的に交流することなどは、私の人生にとっては趣味以上の意味を持ってきたと思います。

そのような努力は常に「感動」という栄養を必要とする感性の健康維持のために必要な行動であると同時に、このような感動の積み重ねによって醸成された単なる知識に留まらない感性は、地球規模の人間関係の基礎として重要な役割を果たしてきたように思えるのです。それは、今考えると「よく働き、よく遊ぶ」ことを一種の合言葉に、苦楽をともにしてきた国境を越えた世界の仲間達とのいわば共通言語のようなものだったとも思うのです。

私にとって、1987年のヴィクトリーツアーの為に来日した天才マイケル・ジャクソン、レボン・ヘルム、リチャード・マニュエル、リック・ダンコといったザ・バンドの懐かしいメンバー達とのリユニオン・コンサート、いまや女性ジャズボーカルの大御所となったダイアン・リーブスの始めてのTVコマーシャル出演、後楽園とシカゴの彼のレストランを衛星による同時中継で結んだ記者会見のマイケル・ジョーダン、その後の日本人野球選手の大リーグでの活躍の先鞭をつけたドジャーズへの移籍を決意した頃の野茂英雄といった、音楽あるいはスポーツ界のセレブリティ達との近しい交流は、大変に楽しく感動的な体験でした。カーネル・サンダース、ロジャー・エンリコ、フィル・ナイト、ベルナール・アルノーといった世界的な企業やブランドの創業者やCEO達との協働作業と近しい交流は、それぞれが緊張と刺激の連続でしたが、それは同時に創造への多いなるきっかけとなりました。 

偉大な先人達の時間や空間を越えた「知恵」を学ぶという意味で、世界の古典に取り組み学ぶことも、そして世界の歴史そのものから学ぶことも、志を持つための大切な行動と思われます。本稿で取り上げたシュンペーターの経済学や、アベグレンの日本的経営論や経営戦略論は、私にとって目から鱗が落ちるような洋才であり、私自身の志に大きな影響を及ぼしたと思います。

和魂洋才と地球規模の志:

現在のグローバル競争を勝ち抜く上で、世界からの尊敬を得ることは欠かせません。自分なりの見識や主張を持たない経営者が尊敬されないのと同様に、自らのアイデンティティを否定し、どこかの国の借り物のような経営を行う企業にも、真の成功は訪れないのです。

さらに、企業がグローバル化した社会における熾烈な競争を勝ち抜く経営戦略を構築するためには、経営者が一個人としてしっかりとした「自身のアイデンティティに裏打ちされた志」を持つことが必要であり、そのためには各個人の「感性の母体となっている文化」の正しい理解が大変に重要となります。我々日本人にとっては、日本語そのものや日本語による知識、日本の伝統・文化の正しい理解が不可欠です。

とはいえ、現在求められているのは、グローバル社会における「地球的規模の志」であって、志そのものがあえて「日本的」である必要はありません。必要とされているのは、「偏狭な愛国心に基づいた志」ではなく、グローバル社会で通用する意識と感性に基づく、「その価値観がグローバルな共感を生むような」志なのです。そういう意味で、「和魂洋才」つまり「日本の心を知り、世界の知恵から学ぶ」ことは大切な戦略的な概念であると思います。

日本企業が現在の厳しい状況を乗り越えるためには、安易な模倣をやめることから始めなければなりません。日本的経営の今日的価値を再発見し、世界から再び尊敬を勝ち得ることが、新たな成長の道を切り開くことにつながるのです。社員一人ひとりの主体性を最大限に発揮させた上で、組織としての戦略を絞り込み、企業家精神を持つリーダーを中心にイノベーション力を発揮し続ける。こうしたジャイロ経営の手法を取り入れることにより、日本的経営は新たな価値と世界に通じる普遍性を手にすることができると私は思います。

企業家の「パッション」が論理と感情を「感動」をもって結びつける:

最後にジャイロ経営における「パッション」の果たす役割についてのお話をしたいと思います。ここでのパッションあるいは「パッションを伴った熱意ある行動」とは、志と戦略を、あらゆる機会を使って、簡潔に、感性に訴え、情熱をもって社員に伝達し、「感情的な絆」を構築してゆくことです。その結果、戦略は「やる気十分な社員」により効果的に実施され、期待以上の成果を挙げるのです。

多くの場合、このようにして形成された「絆」は、社員のみならず最終顧客、消費者や事業に関連する他の組織にも及び、ブランドや企業にとっての新たな資産となります。この様なパッションを伴った熱意ある行動こそ、KFCにおいても、ペプシ・コーラにおいても、ナイキにおいてもそしてゲランにおいても、私が戦略的計画と並行して、最も重点をおき、毎日のように努力し、多くの時間を費やし、情熱を傾けた行動指針でした。

GCE調査は、企業の業績、すなわち企業戦略の可否、そしてその成果と従業員の企業への絆の構築の度合を、企業全体・事業単位として、あるいは階層ごとに統計学的に計測し、具体的対策を企画・策定するモデルですが、その調査結果に対する具体的対策の最後のスパイスは、このパッションなのです。

企業家の「パッション」が論理と感情を「感動」をもって結びつけます。その表現には「感性」や「知性」が求められ、「信頼と感動のためのプラットホーム」が必要となります。そしてパッションを伴った熱意ある行動が実り、企業の中で「感動」が共有されたとき、組織は予想を遥かに越えたエネルギーを発揮することとなるのです。

ジャイロ経営の前提条件である「個人の自由度を尊重し、異端・異質を許容し、個人を評価し、失敗をも許容し、自立を基礎とした連携がなされる」企業文化の中で、「義務として従う」のではなく、「喜んで、自由な意思で積極的に参画する」社員が、想定以上の効果をもたらすエネルギーを発揮します。また、リーダーの「志」に基づいて創造的に策定された戦略の目標は、期待されたかそれ以上に達成されるのです。私達はこのような過程をマネージする能力こそが現代のグローバル社会における企業家精神であり、リーダーシップの最も大切な要件と考えるのです。

「ジャイロ経営」の薦め:

私はこの12回の連載コラムをお読み頂いた方々に、経営に携わる方々にはジャイロ経営の実践を、そして将来の可能性を追求している方々には自らジャイロ経営の渦の中に飛び込むことをお薦めしたいと強く思っています。

しかし考えてみると、このことは表裏一体の関係にあります。ジャイロ経営を行うためには、社員の情熱と戦略に対する理解が不可欠だし、またその中に身を置く社員は、否が応でも熱狂の渦に巻き込まれることになるからです。無関心であったり、様子見を決め込むことは許されないのです。高速回転に身を任せ、またそれ以上のスピードと意思を持って動くことで、振り落とされずについていくことができるのです。

経営の視点からみると、情熱をもって経営に参加するそうした社員を一人でも多く確保することが、ジャイロ経営の成否を分けることになります。企業であれ、NPOであれ、軍隊であれ、ある規模を持った組織が動くためには、戦略を理解し、それに則って行動するメンバーが不可欠なのです。ただ理論的に理解しているだけでは不十分で、心の底からその戦略の価値を信じ、共感しているかどうかが重要です。どれほど精度の高い戦略でも、面従腹背の輩がいれば、早晩そこから綻びが生じるのです。メンバーの戦略への理解と共感なくして組織は一歩も前進できないのです。

特に企業経営の場合、パッションに裏打ちされた感情的な絆を抜きに組織を語ることはできません。それは愛社精神と呼ばれるものであったり、もう少し限られた自らが所属する部門に対する愛情であったりしますが、自分を引き立ててくれた上司など、特定の誰かのために働いているという人も少なくないのです。

このような環境で経営の目標を達成するためには、組織の中に信頼と共感を築くことが欠かせません。こうしたエモーショナルな絆があって、はじめて戦略は命を吹き込まれ、社員はコミットメントをよしとするのです。経営にとって、リーダーの志の高さに共鳴し、企業理念を実践するという使命感を社員一人ひとりに与えることは、意思決定の質を上げ、精度の高い戦略を導き出すことと同じか、もしかしたらそれ以上に重要な仕事なのです。

しかしこれは、経営者であれば誰にでも出来ることではありません。私利に走ったり、保身を図ろうとする社長の下では、情熱をもった社員のコミットメントは生まれないのです。ジャイロ経営の中心軸となれるのは、高い志と創造性やイノベーション力をもった企業家だけなのです。

ここでの企業家とは、新たな事業を興す「起業家」だけを意味するものではなく、現状を創造的に破壊し、新たな価値を見出すイノベーションの遂行者すべてが企業家なのです。この意味から、経営に携わらなくても、企業家となることはできます。たとえ数人の部下しかもたないチームリーダーでも、高い問題意識を持ち、組織の使命を見定めて目標を立て、それを遂行するなら、その人はすでに企業家であるといえます。

日本の産業界はいま、厚い雲に覆われているようにみえます。雲の上に顔を出したごく一部の企業を除いて、多くの企業が将来への展望も持てないまま、今日明日の空模様に右往左往している状況だと言っても過言ではありません。日本が現在の社会システムと経済水準を維持するためには、絶えざるイノベーション力を発揮し、新たな価値を生み出していく必要があり、そしてその担い手こそが、この意味での「企業家」なのです。

私達は「ジャイロ経営」を、グローバル社会の熾烈な競争の中で、企業を勝利に導くダイナミックな戦略としてここに提案します。組織の中にジャイロ経営の意味する企業家精神を持つ人材が多く存在すればするほど、その企業は高い競争力を持つことができるのです。そして、そういう企業が増えれば増えるほど、日本は世界においてリーダーシップを発揮することができるようになります。日本の将来はこの様な企業家の誕生にかかっているといっても過言ではありません。

<< 完 >>

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