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「ジャイロ経営」の薦め (11)

[2008.10.15] 秋元 征紘 (ワイ・エイ・パートナーズ株式会社 代表取締役)

第11回 いわゆる戦略的経営と「ジャイロ経営」

MBO計画と戦略計画の違い:

私がKFC、ペプシ、ナイキそしてLVMHにおける経験によって学んだ企業の戦略的計画という手法は、以前にNSKで経験していた中・長期経営計画と呼ばれてきたMBO(Management By Objectives)による事業計画書に比べ、以下の点で異なっていました。

つまりそれは、自らの事業の前年との対比を量的に検討・改善してゆくという視点に加えて、市場環境の現状とその中で生じている変化、市場に於ける自社の競合他社との相対的な競争能力・関係、ブランドあるいは技術レベルの比較優位性といったような、質的要素を十分考慮に入れている事業計画書である点にありました。それは3?5年の視野で、会社のミッション・バリュー・ビジョンに基づき、事業目的・目標を明確化し、事業の展開内容、収益性および投資、資産、その他の経営資源の効率と、企業あるいはブランドの株主価値(Shareholder's value)を最大化していく計画書であったのです。

先にお話しした、シュンペーター的な表現が許されるとすれば、MBOが「静態」モデルに近い計画であるのに対し、戦略的計画は「動態」モデルの計画であったと言えるでしょう。

この章では、「ジャイロ経営」において必要となる、実効的な戦略的計画の具体的策定手法として、私がお薦めしている「オフサイト戦略会議」を実施していくための予備知識として、以下に、その基本的なコンセプトとプロセスの概要、さらにその意義について解説していきます。


ミッション・バリュー・ビジョンと 「志」:

ジャック・ウェルチは、2005年の「ウィニング勝利の経営」で、「効果的なミッションステートメントとは『私たちはこのビジネスでどうやって勝とうとしているか』の問いに直接的に回答を与えるもので、収益性を核に事業を限定し、人材・投資・その他の経営資源の選択を迫る。また激しい競争の中で収益を上げながら戦える分野はどこかを評価するために、会社の強み・弱みを明確にすることにも迫り、可能と不可能のバランスを上手にとるものである。」としています。

さらに「ミッションを作るのは経営トップの責任だ。ミッション策定は最終的な責任をとる立場にある人にしかできない。誰かに委譲してやらせることは不可能だし、やるべきではない。」としています。

私も、この指摘とは全く同意見で、ミッションステートメントは必ず社長によって書かれる必要があると常に思っています。これはリーダー自身の"志"の表明であり、戦略的な経営を推し進める中での、リーダーとしての最大の機会であり義務でもあると考えるからです。そして、あらゆる機会を使って、このミッションは、繰り返し、繰り返し、解りやすく、簡潔に、情熱をもって社員にコミュニケートされなくてはならないものです。また、いわゆるバリュー(価値)は、この様なコミュニケーションの過程のなかで、社員の積極的な参画を募って作成することを、強くお薦めしたいのです。

更に、明確なビジョンの内容は、社員のエネルギーを集中させ、良い戦略を立案・達成しようとする意欲を高めることに大変有用です。特に変化が激しく不確実性の高い今日において、企業や組織の将来を思い描き、それを社員に伝えることは、社長の果たすべき重要な役割です。先の章でも実例としてお話ししてきた、私が直接接する機会を持ったカーネル・サンダース、ロジャー・エンリコ、フィル・ナイト、ベルナール・アルノーをはじめ、世界の多くの優れた企業家はその達人だったのです。

外的・内的要因の分析・SWOT分析:

経営に影響を及ぼす外的・内的要因の分析作業については、各々の企業ごとに各々独自の形式・手法が採られていますが、多くの場合いわゆるSWOT分析と呼ばれる簡便手法が用いられています。十文字の左上に「強み」(Strength)、右上に「弱み」(Weakness)のそれぞれ具体的な内容を列挙・分類し自社の内的要因を中心に評価・分析を行い、組織の強みと弱みを明らかにするわけです。同様に、十文字の左下に「機会」(Opportunity)、そして右下に「脅威」(Threat)のそれぞれ具体的な内容を列挙・分類し、外的・内的要因・状況の評価に潜む機会や脅威を分類・整理します。

「SWOT分析」は、1963年のハーバード大学で行われたビジネス・ポリシー会議において誕生したとされています。私の経験では、この伝統的ともいえる、大きなボードを前にして行われる分析手法は、現場や実務の責任者を含む多くの主要メンバーの自由闊達な参画による骨太の分析を可能にする結果、限られた時間の中でのダイナミックな戦略策定を可能にする極めて有効な手法なのです。
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目的・目標の設定と計画の実行・達成:

以上の作業と前後して、事業の方向性(Where)と目標・目的(Objectives)の、量的・質的な設定・検証(What)が行われます。

目的・目標の対象期間は企業によって3年あるいは5年と異なりますが、最近では市場環境の急速な変化や、IR対策その他の理由から3年に設定する企業が増えているようです。

戦略計画の対象となっているブランド・企業の性格にもよりますが、長期目標は、株主あるいは上位組織の期待値と、その目標値の実現可能性とを中心に、設定の過程で客観的に検証される必要がありますし、当然のごとく株主の期待値との整合性が前提となります。また、ここでは事業内容の質的目標・範囲も明確に定義(What & Where)される必要があります。さらにこれらの目標は、各マネージャーに配分され、昇給・昇進等の客観的な評価基準となるため、出来るだけシンプルで明快なものが適しています。

例えば、戦略の実行によって獲得しようとしている「市場の独占」、「技術リーダー」、「優良企業」とか「ブランドや企業の復活」といった地位やステータスを示すものが挙げられます。それはまた、達成に長い時間を要し、達成した後も積極的に維持するもので、明確な方向性を持ち、企業・組織をどこに導きたいかという戦略の場(Where)を示し、その行動の指針となるような目的・目標です。

戦略の立案・策定、行動計画・予算の策定と実施行動計画(Action Plan)及び実施予算(Budget)の策定:

戦略(Strategy)の立案・策定においては、競争優位性に基づき企業が選んだ活動範囲内でどのように(How)長期目標を達成するかを定義することと、それに至る論理(Why)が基本となります。

先の現状分析において実施された外的・内的要因の競争優位性の分析・検証・確認、ポジション・組織能力の確認・検証とあるべき方向性の分析、あるいは簡便法としてのSWOT分析の結果が、企業家精神に基づく諸要素の新結合による革新(Innovation)を求めて創造的に検討・検証され、戦略として立案されます。この過程では創造性と同時に、明解な論理によって絞込まれた戦略(Focused strategy)の策定がその成否の鍵であり、決して行動計画や戦術の列挙(Laundry list)であってはなりません。

また先に述べたように戦略の立案・策定にあたっては、創造的な発想・感性・ひらめき・視点が指導者・責任者に要求されます。そしてそれと同じ重要な能力として、地道に外的・内的要因や環境の分析・検証を通して論理的な思考をして、それを様々な状況に応用し、蓄積してゆくといった過程を、勇気をもって迅速に実行出来る能力が挙げられます。まさに「創造的思考能力」、「戦略的思考」能力が期待されているのです。

例えば、SWOT分析を基に、横がSとW、縦がOとTにした時、このマトリックスからは、次の4種類の戦略が策定可能となります
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 S/O:強みを活かして事業機会を確実につかむ戦略
 O/W:弱みを補強して事業機会を逃さない戦略
 S/T:強みを活かして脅威を事業機会に変える戦略
 W/T:弱みを抜本的に補強して脅威をかわす戦略、または撤退戦略

そして戦略は論理的で、簡潔かつ明確でなければなりません。戦略文書(Strategic statement)はそのために作成されるのです。

このように明文化された計画書にリンクした行動計画・予算の策定と実施行動計画(Action Plan)、実施予算(Budget)の策定は、策定された目標値と戦略との整合性が大切です。多くの企業の場合、これらの計画の初年度部分が、そのまま初年度の予算となります。また計画の中には活動の終了時期・責任者・期限が明記される必要があります。さらに業績の評価にあたっては戦略と財務の両面からの評価測定が必要となります。

なぜ企業は戦略計画を必要とするのか:

私は戦略的経営計画こそ、企業経営のなかで最も創造的なプロセスだと考えています。計画の内容は、「企業家」が経済要素の新結合による革新により、「静態的均衡」に「創造的破壊」をもたらし新たな均衡へ導く「動態的経済過程」をもたらすとしたシュンペーターの「経済発展の理論」に描かれた世界を彷彿させるものだと思います。それはまさに企業のおかれている現状を正確に理解し、将来を見通し、目標達成のために自社の戦略的資産を活用し、価値を創造・獲得することを考え、新しいアイデアを強固な戦略に高め、実行可能性を検討してゆく創造的な過程のことなのです。

このプロセスは、企業のトップのリーダーシップに基づいて実行されますが、それは企業トップだけの責任や問題ではないのです。戦略的経営計画、すなわち企業トップのビジョンに基づく目標、範囲、競争優位性、基本となる論理、を記した文書である戦略計画書の内容ついて、経営陣が基本的に合意していることは当然の前提です。日々の意思決定が要求される部門責任者・マネージャーにとっても、戦略の正確な理解と、それに基づく配分された目標達成への自信は、それらがない状況に比べて、彼らによる意思決定の質とその結果としての業績を著しく改善する可能性を持っています。また戦略に基づき配分され、相互に合意された目標は、昇給・昇進等の客観的な評価基準とされることにより、達成意欲と目標達成の可能性を更に高めます。そして、これらのことは、結局のところ、その地位・立場に関わらず、企業内で働く全ての人々に妥当するのであり、全社的な共通理解が促されるべきであると私は考えます。戦略的経営計画は年に一度の予算と実行計画の補足や、社内の予算獲得や安全目標設定の為の政治的ツールなどでは決してないのです。

確かに、一般的に組織能力は企業組織と密接に関係しており、その結果、短期や中期では戦略を転換できない企業が多いのは事実です。また、企業がいかに優れた計画を立てていても、戦略が予想を越えた方向に進化していくこともあります。しかし、それらは新たな創造への機会であり、また、創造的破壊そのものでもあるのです。

繰り返しになりますが、事業環境の著しい変化に対しては、経営陣はその変化に応じて戦略の垂直・水平範囲を見直し、競争優位性の基盤を進化させる必要があります。今日の経営の現場においては、いかなる急激な変化にも対応できる戦略を常に持っていることが必要になっているのです。

「ジャイロ経営」とは、創造的で精度の高い戦略を、社員力を駆使して策定・実行し、熾烈な競争社会に果敢に立ち向かい、生き残ってゆく為の手法です。上に述べた戦略的経営計画のプロセスが、会社経営に内生化され、恒常的に実施されてゆくことこそ、まさに「ジャイロ経営」の実践であり、それを私は強くお薦めしたいのです。

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