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「ジャイロ経営」の薦め (9)

[2008.09.17] 秋元 征紘 (ワイ・エイ・パートナーズ株式会社 代表取締役)

第9回 先達の理論に学ぶ
(1):J.A.シュンペーター

「企業家」が時代を、そして世界を変える:

1960年代の大学の経済学部ではマルクス経済学が主流で、難解な『資本論』やその解説本が教科書あるいは参考書となっていました。マルクス理論や社会主義思想は、社会的な意識のある学生達の間においては大いなる関心事であり、一種の常識だったのです。現在でいう一般的な経済学は当時「近代経済学」と呼ばれており、故都留重人氏(元一橋大学教授)によるポール・サムエルソンの『経済学」の翻訳書はまだ出版されておらず、英語の原書と日本語による解説書がたよりでした。

当時上智大学の学生であった私は、「経済学における人間」というテーマの故岡田純一教授のゼミでマルクスの『資本論」を学ぶ一方、古典としてのシュンペーターの理論体系に興味を持ったのです。先ず取り組んだのは、当時図書館か神田の経済学専門の古本屋でしか手に入らなかった東畑精一訳『理論経済学の本質と主要内容』(1908年)でしたが、これは大変に難解でした。さらにその後、中山伊知郎訳『経済発展の理論」(1912年)、『資本主義・社会主義・民主主義』(1942年)や『景気循環論』(1939年)の理解に、約2年の時間をかけて取り組んだのです。読み進めて行くうちに、「静態」と「動態」、「経済要素の新結合によって生み出される革新・イノベーション」とそれを引き起こす「企業家」および「企業家精神」、動態における「創造的破壊過程」、そして華麗な理論体系としての「景気循環論」という、シュンペーターの示すコンセプトに魅了されていきました。そして、これらのコンセプトは時間を超えて今なお妥当するものである、と確信するに至りました。「企業家」が時代を、そして世界を変えてゆく過程が見えたように感じたのです。

この章では、「ジャイロ経営」についてのより正確な理解のために、「ジャイロ経営」の原点であり、「ジャイロ経営」の説明においてしばしば登場する、これらのコンセプトを紹介していくと共に、これらのコンセプトが持つ現代的な意味についても検証していくことにします。

シュンペーターの経済学:
1883年、カール・マルクスが亡命先のロンドンで亡くなった年、20世紀を代表する2人の経済学者が生まれました。古典派経済学の「自由放任策」に対し「有効需要策」を提唱して「ケインズ革命」をもたらしたJ.M.ケインズと、J.A.シュンペーターの二人です。

シュンペーターのいわゆる「実り多き20代」に著された『理論経済学の本質と主要内容』(1908年、25歳)、『経済発展の理論」(1912年、28 歳)は、19世紀末のオーストリアの生んだ若き天才を象徴していると思います。前者は、L. ワルラス流の「自らの起動力によって実際に変化する過程ではなく、単に時間とともに流れる実質所得の定常率を再生産する」経済をより精緻に理論化したものです。一方、後者は、シュンペーター独自の「単に外的諸要因に依存しないで、経済体系を一つの均衡からもう一つの均衡へ推進させるのを説明する経済変化の純粋理論」、すなわち資本主義経済の動態的分析を、マルクスと共通するダイナミックス、つまり「経済発展を経済体系それ自身によって生み出される独自の過程として捉えるビジョン」を持ちつつ、全く異なった内容で展開したものでした。

もっとも、ケインズの"魚を求めて海面を投射する漁火"に例えられる『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)が、21世紀の経済学と経済政策に圧倒的な影響を与えるなかで、同時期に出版されたシュンペーターの"高い山頂から投ずる灯台の光"としての、彼の「資本主義過程の分析とは、すなわち景気循環の分析に他ならない」という信念に基づく資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析として書かれた『景気循環論」は、多くの経済学者をはじめ、即効性を求めた当時の人々には理解されず、経済学者としてのシュンペーターの評価を分けてしまいました。

「静態」(Static)と「動態」(Dynamic):

シュンペーターの経済学における「静態」(Static)と「動態」(Dynamic)とは、分析しようとする現実の経済の現象や実態の区別のことを言っています。彼は、ワルラスの「一般均衡論」をさらに進め、産出量の水準に変化が無く、生産・交換・消費などが常に同じ規模で循環している状態を「静態」、それらが変化する状態を「動態」と呼んだのです。

シュンペーターは、「経済発展の理論」で次のように述べています:

「経済発展の本質は、以前に定められた静態的用途に充てられた生産手段が、この経路から引き抜かれ、新しい目的に役立つように転用されることにある。この過程を、われわれは新結合の遂行と呼ぶ。そして、これらの新結合は、静態における慣行の結合のように、いわば自らそれ自身を貫徹するものではない。それらは、少数の経済主体のみに備わっている知力と精力を必要とする。こうした新結合を遂行することこそ、企業家の真の機能である。」

「静態的な封建経済、静態的な社会主義はありえても、静態的な資本主義は形容矛盾である。」

このように「静態」に対比されるシュンペーターの「動態」は、「単に外的諸要因に依存しないで、経済体系を一つの均衡からもう一つの均衡へ推進させるのを説明する経済変化の純粋理論」つまり「経済発展の理論」の事です。そして一つの均衡はいち早く新しい可能性に気づき、それを実行に移そうとする企業家による新結合の遂行により破壊されるのです。

「企業家」(Entrepreneurs)による「経済的要素の新結合による革新」(Innovation):

シュンペーターは、『経済発展の理論』(1912年)で「企業家」を「新結合の遂行をみずからの機能とし、その遂行に当たって能動的要素となるような経済主体」と定義し、静態的経済の循環の軌道に従って企業を経営する者は「単なる経営管理者」であるとして区別しました。ここに「新結合」とは、「既存の生産手段の新たな方法での活用」であり、この新結合による革新こそ「経済から自発的に生まれた非連続的な変化」であって、これこそが経済発展の要因であるとしました。

そして、これらの「企業家」によって遂行された新結合による革新の成功は、労働者にも地主にも帰属しない所得としての企業家利潤を発生させ、それは新結合が行われる発展過程においてのみ発生する動態的現象であるとしました。一方、貯蓄や資本蓄積の存在しない「静態」においては、この新結合を賄う資金の源泉がないわけですが、ここにシュンペーターは資本家としての銀行家を登場させ、企業家は銀行家の信用創造の助けを借りて初めて新結合を遂行出来るとしたのです。

また、銀行家に特有な所得である資本利子は、新結合による革新に成功した企業家の利潤から支払われ、したがって利子も動態的現象であるとしました。

このような「企業家」にとって必要なことは、全く新しい可能性を「発見」したり「創造」したりすることではなく、「これらのものを生きたもの、実在的なものにし、これを遂行すること」であるとしました。そして、この「企業家」の持つ特徴として、次の3点を挙げ、このような企業家はもはや単なる経営管理者とは異なる、新しい指導者機能を有するものであるとしたのです。

1.事物を見る特殊な方法
2.ひとりで衆に先んじ進み、不確定なことや抵抗のあることを反対理由と感じない能力
3.「権威」・「圧力」・「人を服従させる力」といった言葉で表すことのできる他人への影響力

また、このような新結合の成功がもたらす企業家利潤は、指導者として先頭を切った企業家個人の成功によって生まれるものであり組織の力によるものではないとし、さらに企業家を動機付づけるものとして、次の3点を挙げました。

 1.私的帝国を建設しようとする夢想と意思
 2.勝利者意思、利潤量はしばしば別の指標がないという理由だけで成功の指標となる
 3.創造の喜び、企業家は変化と冒険とまさに困難そのもののために、経済に変化を与え、経済の中に猪突猛進する

「創造的破壊過程」(Creative destruction process)と「景気循環論」(Business Cycle):

シュンペーターは、一握りの天才的企業家による革新によって、静態的均衡が破壊される動態的経済過程を「創造的破壊過程」と呼びました。この「創造的破壊過程」において達成された革新は、やがて模倣され「新結合による革新の群生」を生み出し、経済を「好況」へと導きます。

しかし、永遠の好況は存在せず、やがて革新の成果としての財貨が大量に市場に出回り、諸価格は下落し、企業家は銀行家への債務の返済を急ぐ結果、さらなる価格の低下を生むのです。このような現象は、経済が革新の結果創造された新たな事態に適応するためのもので、再び静態的均衡に戻るまで続くとし、シュンペーターはこれを「不況」の過程としました。もっとも、新たなる経済均衡においては経済発展の成果が実質所得の増加として消費者に手渡されているので以前の経済均衡とは異なっているとしています。

この「経済発展の理論」に於けるシンプルな景気循環モデルは、やがて1939年の「景気循環論」として結実することとなります。この「景気循環論」は、アーサー・スミッシーズをして「経済学の全文献の中で最も偉大な個人的力業の一つ」と言わしめました。しかしながら、ケインズ革命の圧倒的影響によって、然るべき評価を受けることなく、当時の大部分の経済学者たちに無視される結果となったのです。

ケインジアンの有効需要政策・不況対策の限界と弊害:

ケインズとシュンペーターという二人の偉大な経済学者がこの世を去った現在、先進国経済は技術革新の波の真っ只中にあります。日本を含め、ケインズの提唱した有効需要操作による不況対策を連発し、生産構造における革新を促す諸施策を怠った経済は、その国際競争力を失っています。また知性あるエリートが、公共の利益を考え、政府の政策を動かすというケインズの前提は、票のために大衆におもねる政治家を生み、国の支出は放漫となり、公共投資によって利益を得る企業と政府の癒着を生むといった大衆社会の現実に直面しているのです。

一方、1990年代のアメリカにおいて、成熟した大企業に代わってベンチャー企業が群生し、情報ネットワーク・IT産業を中心に新しい産業が創出され「ニューエコノミー」と呼ばれる状況が出現しました。これこそシュンペーターの指摘した「企業家の群生」と、それを通じての新産業の創出そのものであり、それに支えられた景気の上昇だった様な気がします。そして現代のリスクのある事業に対する投資をおこなうシュンペーターのいう銀行家は、ベンチャーキャピタル、ファンドと呼ばれる組織か、あるいは既存企業がその役割をはたし、融資ではなく株式に出資して実績を上げています。この意味で、シュンペーター的「創造的破壊過程」による経済発展は、まさに世界的な規模で進行中であると言わねばなりません。

シュンペーター理論の現代的意味:

シュンペーターの指摘のように、「企業家」は常に「一般にあるいはとくに経済面で新しいことをおこなおうとする人々の対して向けられる社会環境の抵抗を克服しなければな」りません。現代の日本に於いても、一般的に、長期的な視野に基づくビジョンや論理性は、既得権益の保全という観点から、あるいは日本的でないという理由から、ほとんど封建時代のDNAとしか考えられない様な、客観性や論理性を全く無視した、はなはだ感情的な反応や抵抗に直面します。このような抵抗は、日本の組織的適応力を著しく損ねさせ、グローバル化した社会に於ける日本のリーダーシップの著しい阻害要因となってさえいるのです。

ここで大切なのは、現代の世界においても、変化つまり「創造的破壊」が経済過程の本質であることを理解する努力をし、この現実に対して勇気をもって正面から取り組み、論理的にも感情的にも積極的に受け入れていく事だと思います。

私は「変化」は、一見「脅威」に見えても、冷静に検証していくと「機会」であるか、その潜在性を多く含んでいるもので、志に基づく、創造性に富んだ戦略と人々の感性に訴え、その心を動かすパッションが、そのチェンジング・エージェントとなっているのだと思います。

今も安定した大組織、大企業、あるいはそれに準ずる「安定していて、一生失業しない職業」への就職を多くの学生・若者は依然として希望するのですが、やがてシュンペーターをして「静態的な封建経済、静態的な社会主義はありえても、静態的な資本主義は形容矛盾である」と言わしめた、非連続に変化してゆく現実に直面する事になるのです。

グローバル社会を動かす、シュンペーターによる古典的コンセプト:

現代に生きる我々にとっても、シュンペーターの基本的なコンセプトである「静態」と「動態」、「経済的要素の新結合によって生み出される革新」とそれを引き起こす「企業家」、「企業家精神」、動態的経済過程における新結合・革新によって引き起こされる「創造的破壊過程」は、世紀を越えて光彩を放って見えます。

現代の我々は情報ネットワーク・IT産業を中心に新しい産業が創出され「企業家の群生」と、それに支えられた景気の上昇をまさに体験しつつあります。また、シュンペーターは信用創造の立役者として、また交換経済の監督者として銀行家を登場させましたが、この銀行家の現代版であるベンチャーキャピタル、ファンドと呼ばれる組織あるいはその役割をはたす既存企業の、新規ベンチャーへのファイナンスや株式投資市場における成長を助けるといった社会的役割と責任は、益々重要なものとなっています。

経済成長と経済発展の差に関する、シュンペーターのケインズやマーシャルへの挑戦は、まさに古典派以来の経済学の静態的な「量」的変化の議論に対して、動態的な「質」的変化を理論化し、「創造的破壊」と呼ばれる「変化」を資本主義における経済過程の本質としたところに最大の意義があったと、私は考えます。

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