経営・人事コラム

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「ジャイロ経営」の薦め (8)

[2008.09.03] 秋元 征紘 (ワイ・エイ・パートナーズ株式会社 代表取締役)

第8回 先達の実践から学ぶ
(4):ベルナール・アルノー/LVMH
     ・・・小さな巨人と規模の経済/規模の不経済


「パッション クレアティブ」(創造への情熱):

1949年、後に「ブランド帝国」の帝王と呼ばれることになるベルナール・アルノーはフランス北部のルーベに生まれ、1971年、パリのエコール・ポリテクニークを卒業しました。1984年、一族の経営する建設会社フェレ・サヴィネ社の社長となり、1982年から1984年までニューヨークのニューロシェルに住み、ニューヨークを本拠として同社の不動産開発事業で成功を収めました。1984年にフランスに帰国し、クリスチャン・ディオールを傘下に持つフィナンシエー・アガシの再建に着手し、ディオールを新組織の柱としてその活性化に成功しました。1989年、ベルナール・アルノーは、LVMHモエ ヘネシー・ルイヴィトン社の買収に成功し、高級ブランドで構成されるコングロマリットの礎を築きました。

フランスの経済ジャーナリストのイヴ・メサロヴィッチとの対話形式で述された「パッション クレアティブ」(創造への情熱)に有るように、実業界での有名ブランドの買収で「狼の目」を持つ企業家としての顔を持つ反面、私生活ではピアノを愛し、自らも演奏する一方、各種メセナ活動や絵画関連の文化行事を協賛するなど、熱心な芸術愛好家でもあります。例えば、絵画関連では、1994年のニコラ・プーサン展以来、ポール・サザンヌ展、パブロ・ピカソ展、ジョルジュ・ドゥ・ラトゥール展、ミレーとヴァン・ゴッホ展、マティウスピカソ展等々の協賛活動があります。

シューマッハの「スモール イズ ビューティフル」:

1996年の秋にパリで行われた、グループ傘下200社の社長向けLVMHコンベンションの中で、INSEADのポール・エバンズ教授が、E.F.シューマッハの「スモール イズ ビューティフル」(Small is beautiful)の考え方を、ビジネスコンセプトとして改めて紹介しました。それは、10年前にトム・ピーターズの「エクセレント・カンパニー」(In Search of Excellence)に登場した企業の業績が当初の予想を下回っている事実を指摘し、企業規模の大きさの意味の再考を促すものでした。

余談になりますが、「スモール イズビューティフル」の訳者である小島慶三氏は、私の大学に於ける恩師で、日本精工在籍時代の上司でもありました。氏は、戦後の石炭・鉄鋼・経済政策・エネルギー分野に於ける草分け的な通産OBで、日銀政策委員の後、日本精工の代取取締役専務、芙蓉石油開発㈱社長そして立地センター理事長を歴任され、そして 1992年日本新党から出馬、1998年まで参議院議員を務められました。氏は1968年から2006年の38年間、私塾的な研究会で全国的な広がりを持った「小島志塾」を主宰され、私はその間ほぼ毎月行われていた東京小島志塾の勉強会に参加していました。

それまで長い間、米国あるいは米国ベースの企業の影響下での実務に身を置いていた私は、シューマッハの理論がLVMHのビジネスコンベンションに突然登場したことに一種の驚きを感じ、そのヨーロッパ的感性に強い共感を覚えたことを覚えています。最適な組織のサイズ・規模について改めて考える、私にとってまさに最良の機会となりました。

LVMHの世界戦略:

LVMH社(LVMH Moet Hennessy. Louis Vuitton)は、1987年にベルナール・アルノーにより組織された比較的新しい会社です。クリスチャン・ディオール、フェンディ、セリーヌ、ロエべ、ジバンシー、ケンゾーをはじめとしたファッションブランドが一般的に有名ですが、その他のグループを構成する主だったブランド・会社も、非常に長い歴史と伝統を持ったフランスを代表するものです。例えば、貴腐ワインで有名な1539年創業のシャトー・ディケムを始め1743年のモエ・テ・シャンドン、 1772年のヴーヴ・クリコ、1780年のショーメ、1828年のゲラン、1843年のクリュグ、1854年のルイ・ヴィトンと、豪華で歴史的なブランドグループを備えています。また世界の高級品カテゴリーのシャンパン、コニャック、ファッション&レザーの分野ではNo.1、香水・化粧品では No.3、時計・宝飾ではNo.4と、今や世界の高級品・ラグジュアリー市場のリーダーであり、「ブランド帝国」と呼ばれる由縁の一つはここにあります。

2006年当時でも、取り扱っているブランドポートフォリオは50を遥かに超え、世界に1,600店以上の直営ブティックを有し、 56,000人の従業員の64%はフランス以外の国で活躍し、売上額は153億ユーロを記録していました。世界の地域別売上構成は、フランス17%、ヨーロッパ21%、北米26%、日本14%、アジア15%でその他7%となっていました。又、ビジネスポートフォリオ別売上構成は、ワイン&スピリッツ 18%、ファッション&レザー35%、香水/化粧品17%、時計/宝飾4%とその他リテイル部門を含む26%となっていました。

グループのコアバリュー(Core Values)は下記5つから構成されています:

①創造的かつ革新的であれ
②卓越した最高級の品質を提供せよ
③我々のブランドイメージを、情熱的な信念をもって高めよ
④企業家として行動せよ
⑤全ての活動において、常に最善を尽くせ

ワールド・ワイドのグループ戦略は:

①ラグジュアリー製品市場での我々のリーダーシップを強化する
②既存事業の自立成長力の確保と企業買収により強化される成長
③増加する革新・イノベーションの重要性
④宣伝広告によるコミュニケーション力の維持
⑤より強力なディストリビューションの統制

小さい事は美しいが、常にそうである訳では無い:

LVMH社のもう一つの経営的特長は、上記の5つのコアバリューとグループ戦略に関連した、組織の規模に関しての考え方にあります。先に述べた、エバンズ教授の言葉を借りるならば「小さい事は美しいが、常にそうである訳では無い」(Small is beautiful but not always.)ということです。

一般的に組織の規模が小さい事によって以下の項目はより強化され、効率的になると考えられます。

●企業家精神の発揮
●ブランドの伝統やDNAを創造的に現代に生かす
●簡潔で明解なミッション、的確な目標設定と創造的な戦略アイデアによる戦略計画の
  策定と実施
●スピードを伴った経営・意思決定
●構成員の動機付け・モーティベーション
●フェイス・ツウ・フェイスのコミュニケーション
●柔軟な組織運営・官僚制の排除
●ターゲットのセグメンテーション
●インターネット、ウェブ等の活用
●ワン・オン・ワン・マ?ケティング、CRM
●現場・顧客により近い視点での意思決定と顧客の信頼の獲得
●革新・イノベーション・創造性の発揮

逆に組織の規模が大きければシナジー効果もふくめ、次の分野でいわゆる「規模の経済」が働きます。これらの活動はLVMH社においては、しばしば各事業分野ことにシェアードサービスの組織をもうけ、そのメリットを享受しています。

●人材の採用・開発・教育、キャリアパスの提供
●店舗用不動産物件・百貨店における立地の交渉
●サプライチェーン・ロジスティック
●情報技術・IT関連
●広告媒体の購入の交渉力
●マスメディアを通しての広報・PR活動
●経理・財務・保険
●企業・事業の戦略的買収
●ブランドの保護

一般的に、特にアメリカ企業の例では、多角化企業は事業集中企業よりも業績は良くないといった分析が多いのですが、LVMHにおいてはブランド各社とその海外の子会社の組織を出来るだけスリム化して経営者を企業家として扱い、事業展開の戦略、マーケティング、ディストリビューション、必要経営資源の配分、収益管理の責任・権限を出来るだけ委譲することによって、機動性を持たせています。しかし一方では、ある事業体の競争優位性が、他事業の競争優位性を構築するために活用され、常に波及効果をもたらし合うような努力がなされています。

MPPにより戦略目標と昇給・昇進をリンクさせる:

今や日本的経営にかなり忠実な企業においても、何らかの形態での成果主義が取り入れられており、この傾向は増加しています。しかし戦略的経営と成果主義のリンクは、LVMHグループのそれと比較すると、非常に限定的と云わざるを得ないと思います。

共通のビジョンにもとづく「具体的で明確な経営・ブランド戦略」策定と、長期目標の伝達と実行を通じて「戦略・目標を積極的に理解した"やる気"充分な構成員」との絆の構築する事は、いかなる組織においても依然として重要な課題です。

その具体例として、ここではLVMHグループが日本で実施しているMPP(Management
of Performance and Potential)をケースとして紹介することにします。

LVMHによるMPPの基本コンセプトは下記の3点により構成されています:

 ●各人に設定・配分された戦略的目標管理
 ●MPPフォーム
 ●管理職・社員の直接面談による業績評価・人材育成プログラム

又、その対象者は下記の3つに分類されます:

 ●経営幹部・マネージャー・プロフェッショナルズ
 ●本社スタッフ
 ●店舗スタッフ

MPPのプロセスは年間を通して、下記ステップを踏み、MPPのフォームがこの為に用意されます:

 ●目標の設定から業務実施時のコーチング
 ●評価時の自己評価
 ●業績評価・育成計画に関する個人面談
 ●昇給・昇格の過程

評価・育成の基準は下記の2点からなされます:

 ●各人に割当てられた事業目標の達成度
 ●コンピタンシー(Competencies)、つまり高成績者に共通する能力・スキル・行動特性

又、また昇給・昇格と育成計画の内容は、下記の3つが挙げられます:

 ●グループ内の異動・昇格
 ●特別ミッション・タスクフォース・プロジェクトチーム等
 ●教育・トレーニング

更にLVMHは、下記リーダーシップコンピタンシーとして、以下の16項目を評価・育成のために用意し活用しているのです:

 ●チーム作り(Building Effective Team)
 ●ビジョン・目標のマネージメント(Managing Vision & Purpose)
 ●権限の委譲(Delegation)
 ●達成意欲(Drive for Results)
 ●学習意欲(Learning on the fly)
 ●創造性ビジネス感覚(Creativity)
 ●優先順位付け(Priority Setting)
 ●採用・適正配置(Hiring & Staffing)
 ●不確実な事態への対応(Dealing with ambiguity)
 ●戦略的手腕(Strategic Agility)
 ●顧客重視(Customer Focus)
 ●改革マネージメント力(Innovation Management)
 ●他人の動機付け(Motivating Others)
 ●行動的(Action Oriented)
 ●誠実さと信頼性(Integrity and Trust)

経営幹部には管理職・社員の直接面談が、目標の設定から業務実施時のコーチング、評価時の自己評価、業績評価、昇給・昇格の過程でおこなわれます。又業績評価時に同時に行われる人材育成プログラムに関する面接では、上記16項目のリーダーシップコンピタンシーのリストから、3項目前後が対象の個人にとっての強み・弱みを考慮して選択され、それぞれの項目に関する、改善の為の個人の目標が設定され、年間を通してフォローされるのです。

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