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「ジャイロ経営」の薦め (3)

[2008.05.13] 秋元 征紘 (ワイ・エイ・パートナーズ株式会社 代表取締役)

第3回 GCE調査と「ジャイロ経営」

顧客・社員双方からの評価の高い企業は高収益:

米国のコンサルティング会社ビバルディ・パートナーズ社の調査によると、1株あたり平均収益力で比較すると、顧客評価の高い企業の収益力は平均の1.6倍であるが、顧客・社員双方からの評価の高い企業はなんと3.2倍であったという事実があります。

企業の業績には顧客からの評価と共に、社員の支持・意欲が重要で、このことは、特に社員の意欲の業績に占める役割が大きいことに留意すべきことを教えてくれます。昨今、インターナル・ブランディングの重要性が指摘される、大きな理由だと思います。

GCE調査結果と経営者の錯覚:

多くの経営者は、一般的に「社員は会社の大切な財産である」と考えていますが、我々の行ったGCE(Gyro for Corporate Empowerment)調査では、「平均すると約8割の社員は貢献できていないか、阻害要因の可能性を有する」ことが判っています。

又、「社員の満足度の高さが、やる気を喚起し、業績に反映する」と広く信じられていますが、調査では「満足度は業績に直結しにくく、むしろ参画・貢献意欲のほうが、より強く業績に影響する」という結果が出ています。

更に、「社員には日頃から経営理念や方針、目標を説明し、理解を促している」と思っている経営者が多いにもかかわらず、「85%の社員は会社の方針や将来像が見えないと感じており、会社とのコミュニケーションは充分機能していないと思っている」という結果があります。

これらから判断すると、多くの経営者は、自分の思いや戦略を、充分に社員と共有していないのではないかという疑問が生じます。そして実はかつての私も、例外ではありませんでした。

調査手法としてのGCE:

かねてから、私は企業戦略の成否の鍵となる、社員の「戦略の理解」と「やる気」との関係を、企業全体、事業単位あるいは階層ごとに統計学的に計測し、具体的対策を企画/策定する手法を探していました。私は、勘や他人の経験を鵜呑みにすることは、多くのマーケティングの実践経験から判断しても、重大な経営リスクと考えています。消費者との関係において、常に調査によって定量的・定性的な事実の理解と仮説構築を求めていたように、社員との関係においても同様に、先ず客観的で、精度の高い調査が必要であると考えたのです。

GCE調査の開発は、社員のロイヤリティや意識を測定する既存の手法を評価する事から始めました。その結果、多くの手法は変化・成長をモデル内に取り込んでいないことに気が付きました。そして戦略の理解と、実行のための手段、社員のやる気、マネジメントと社員とのコミュニケーションなど、「経営が成功するための鍵となる要素を明確に組み込み、誰が見ても分り易く理解できるように分析結果が表現され、そして更には経営の問題解決までも可能にする新たな手法」が必要である、という結論に達しました。経営の判断に調査を重視してきた私の経験を、調査設計に際し充分に反映したかったのです。

調査の専門家達との数年の試行錯誤を通じて開発したGCE調査は、先ずインターナル・マーケティングの手法として開発されました。しかしそれは、従来の社員の満足度の測定や、或いは人事部が中心となって実施するいわゆる社員の「意識調査」とは、社員の熱意やエモーショナルな企業との繋がり具合を「企業戦略との関係で評価する」という点で異なっています。

GCE調査は、社員の潜在的な能力を適切に引き出すことができるよう、企業戦略との関係で、社員のやる気・貢献(社員力)を常に評価することを目的としています。又、GCE調査においては、市場調査・分析において使用される、多変量回帰分析や重回帰分析等の統計学的分析手法が駆使されており、その精度の高い分析結果は、企業力活性化のための「ジャイロ経営」の基礎となるものなのです。

GCE調査の構造とプロセス:

先にも何度か指摘させて頂いた様に、私の信念は、「企業の活力は、組織の『論理的な理性』と『熱意に支えられる感情』という、二つのベクトルを、正しい方向性を持って、バランスよく管理・発展させる事」から出発するということです。

GCE調査は、その設計の段階で「戦略の論理的な理解」を表す縦軸と、パッションをともなったコミットメントつまり「やる気」を表す横軸との2軸を設定します。多くの方はBCG(ボストンコンサルティンググループ)の開発した製品ポートフォリオ・マトリックスを覚えておられると思いますが、このモデルでは、二つの軸、市場の成長性と相対的市場シェアで市場を4分割し、マトリックス毎に特性と課題を機能的に規定します。学生時代にジム・アベグレン氏(故人)に師事し、その薫陶を受けた私は、日本でこのような論理をわかり易く理解してもらうためには、この4つのマトリックスで整理することが、依然として効果的であると考えました。

従ってGCE調査では、戦略的・論理的な仕事の理解と、企業へのエモーショナルな絆を、それぞれの評価の高低による計4つのグループに分類し、それぞれの構成比により、企業の戦略理解度と、その実現への意欲との関係を明らかにし、社内の人的資源の現状と問題点・課題を、視覚的・分類的に理解する事を意図しました。

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突然、大脳のお話になり恐縮ですが、最近の巷ではやっている左脳・右脳の機能に関する仮説は次のようなものです。左脳は言語による論理的な情報処理と意識をつかさどり、情報をゆっくり少量ずつ処理するのに対し、右脳はイメージ・感情に関する情報を、無意識に、高速に、そして大量に自動処理するといわれています。

左脳は、言語、表現力、論理的意識、ストレスといった統合・表現の能力・機能であるのに対し、右脳はイメージ、創造性、ひらめき、無意識的、リラックスといったひらめき・創造の能力・機能であるのです。つまり、従業員が会社に強い絆を感じるには、左脳での理解と右脳での感情的好意の双方での強い関係が必要になるのです。

企業組織においても、社員は左脳によって意識上論理的に理解する事と,右脳によって無意識下で好意度を高め、ヤル気になる事が必要であるわけです。我々は、左脳にアピールするロジック力(戦略の論理的理解)と、右脳にアピールするモチベーション力(達成への積極的参画意欲)の2つの軸で絆を測定分類することにしました。

戦略の論理的理解とコミットメントの構成要素:

GCEでは、この2つの軸を、論理的・合理的な認識・理解によるコミットメントの関係で測定します。社員が企業・組織と好ましい関係にあるというためには、戦略の論理的理解と同時に、感情的側面でのコミットメントが必要なのです。

まず戦略の論理的理解は以下の要因から評価します:
・会社のミッション・バリュー・ビジョン、設定目標・戦略を少なくとも見出しだけは認識している。
・会社の目標を達成するに際して自分の果たす役割、他の部署が果たさなくてはならない役割を認識している。
・その目標を達成するに当たって必要とされるスキルを認識している。

またコミットメントに関しても、同様にいくつかの要素から成り立っています:
・発表されている達成目標は正しいと信じている
・その中身にプライドを持てる
・リーダーを信じることができる
・目標達成力に信頼を持てる
・会社の将来に期待できる

4つの社員タイプの特性:

次に統計処理を施したデータセットを、以下の4つのグループに分類し、その構成比及び各グループにおける特性を分析することにより、現状診断と今後の方策を導き出します。そしてマトリックスの構成とベンチマーク値を比較し、その企業の検診を行うのです。

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金メダリスト:常に曇りなく光り輝く会社の資産・・・・・・・・・・・ノーム値 30%
・会社の方針を理解し、積極的に貢献する姿勢を有する
・高いコミットメントと帰属意識
・取り組む仕事に意味を見出している
・企業課題を自己の課題に置き換えることができる

銀メダリスト:金に届かず放っておくと曇りが出る・・・・・・・・・・ノーム値 25%
・会社への帰属意識/愛着は高い
・会社の戦略方針への理解が足りない
・仕事の優先順位づけや、必要な知識/技術が未熟
・「良い仕事」への意欲はある
・分かり易い説明と対話が活性化の鍵

銅メダリスト:一見すると金だが、錆びると毒性を有する・・・・・・・・ノーム値 10%
・知識/技術などの能力は高く、仕事内容は理解するものの、心から賛同しない
・熱意を持って仕事に取り組まない
・評論家/批判者であり、場合によってはテロリストにもなりうる

鉄メダリスト:希少性は無いが、鍛えれば鋼に・・・・・・・・・・・・・ノーム値 35%
・勤務中も気持ちが離れている
・指示待ち
・会社の方針や業績にもさほど興味を示さない
・多くの場合、きちんとした教育・トレーニングを受けていない状態にある
・潜在的になんらかの施策により活性化する

5ステップの実査と分析結果の活用:

実査の5ステップは:
ステップ1:全社員を対象に、イントラネットあるいは自記入調査票を使用し、70問前後の調査を実施
ステップ2:現在の社員を会社と仕事への理解力、態度から4つのグループに分類
ステップ3:多変量解析等の統計処理を行い、各グループの課題解消要因を抽出
ステップ4:金メダリストを増加させる為の具体的施策をリストアップ
ステップ5:2年後に追跡調査を実施し、変化・効果を計測

このように、社員の会社への「参画・貢献意識」を的確に把握し、グループ毎にどの構成要素をどのような施策で強化改善すれば、より多くの社員が金メダリストへシフトしていくのかを見極めた上で、会社を望ましい方向に導くための施策を実施していくことが必要となります。

更に、社員の会社への「参画・貢献意識」は個人・所属部署などによって大きく異なるため、全社一律の施策を行うことは必ずしも有効とは言えず、むしろマイナスの結果をもたらす危険すら有ります。そのため、分析結果をベースに、対策案の策定は慎重に行われる必要があります。

金メダリスト増加のための一般的手段としては次のようなものが考えられます:
1. 社内・外の教育・トレーニングプログラムの活用による各種研修の実施
2. 会社目標と個人の目標をリンクさせた人事考課・昇給・昇格・インセンティブ
3. コンベンション等の積極的な社内コミュニケーションの為のプログラムの企画/実施

これらに加えて、「ジャイロ経営」の実践のために、私は、更に次の2つの提案をしています。

社内の選抜クロス・ファンクショナル・チームによる対策案の提案:

「あらゆる調査において重要なことは、その分析結果に対するアクショナビリティーにある」というのが、私の持論です。

そこで、私は、「ジャイロ経営」の実践のために、会社の次代を担う社員のタスクフォース(プロジェクトチーム)を組織した上で、彼らが調査結果の解釈と対応策の検討を行うことを提案します。当事者である社員自身が原因を考え、社内の特性を生かした処方箋を考えることが、調査結果に基づく対応策をアクショナブルなものとするための鍵であると思うからです。

勿論、タスクフォースで開発したソリューションは、トップマネジメントへのプレゼンテーションという過程を経て、経営陣の意思決定として実施されることになります。

経営幹部(マネージメント)によるオフサイト戦略会議:

私がKFC,ペプシ、ナイキそしてLVMHに於ける経験によって学んだ企業の「戦略的経営計画」という手法は、従来の一般的な企業の中・長期経営計画と呼ばれてきた、目標管理による事業計画書に比べ、以下の点で異なっていました。

先ず、「戦略的経営計画」においては、自らの事業を前年対比的・量的に検討・改善していくという視点に加えて、市場環境の状況・変化、自社の競合他社との相対的な能力・関係、ブランドあるいは技術レベルの相対的な位置・優位性といったような質的要素が強調されます。

また「戦略的経営計画」は、3~5年の視野で、会社のミッション・バリュー・ビジョンに基づき、事業目的・目標を明確化し、事業の展開内容、人的資源、技術・製品力・ブランド力の競争優位性、収益性および投資、資産、その他の経営資源の効率、企業・ブランドの株主価値(Shareholder's value)を最大化していく計画書だったのです。

このプロセスの実際に関する詳細は、後の章に譲りますが、「ジャイロ経営」の実践のために、私は、GCE調査の結果とタスクフォースによる提案内容が、外的・内的分析やSWOT分析の中での重要な経営課題として、「戦略的経営計画」策定の目的で準備された経営幹部(マネージメント)による「オフサイト戦略会議」において討議され、その対策が「戦略的経営計画」の一部として、アクションプランと予算に組み込まれることを提案します。

私のゲラン/LVMHでの具体的な経験談とプロセスの詳細は、別の章でお話します。

GCEコンサルタントによる支援:

このように、安易に外部の「戦略」専門家に頼ることなく、戦略構築の基本を社内に求め、そのプロセスの内生化を実現することによって、施策をアクショナブルなものとすると共に、「単純に組織の目的に従うのではなく、それを論理的にも感情的にも受容し、積極的に参画しようとする社員のパッショネートなコミットメント」することが企業力の強化につながります。

その一方で、戦略の構築・実施の過程において、私を含め、ビジネスに関する様々な経験を持ち、「ジャイロ経営」に精通した外部の専門家(GCEコンサルタント)の力を借りることには、多くのメリットがあるのもまた事実です。

GCEコンサルタントは、社員をトレーニングしながら、社員が自ら分析し、ソリューションを考え、自分達が考えたという自信と責任を植えつけるプロセスを支援します。社員タスクフォースの支援・モデレーター役として、実践的ソリューションの開発を支援することも可能です。

経営幹部が自らの知恵と経験値を発揮して、「戦略的経営計画」を社内の仲間と共に考え抜き、それをGCEコンサルタントが支援することが、会社を活性化し、かつ外部の専門性を活かす効果的なアプローチであると思います。

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