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企業のビジョンと個人のキャリアを結びつけるには?

[2008.05.30] 佐々木 郷美

「社内の若い人に、最近元気がなくってね。元気を出してもらえる研修はないだろうか?」「うちの若い人は、夢は大きいのだけど、何しろ諦めが早くって。粘り強く努力する大切さを教えてくれる研修はないかな?」という企業の育成担当者の方の声をよく耳にする。環境の変化に惑わされず、社員が自分の軸を持って自己責任でキャリアを築いて欲しい、というキャリア研修へのニーズは高まっている。一方で、「キャリア意識が高くなると、転職を促してしまうのではないか?会社がそこまで個人の面倒を見るべきだろうか?」という企業側の本音も見え隠れする。

本来、キャリア開発は、個人と企業の相互の働き掛けによって協働でなされるものである。キャリア研修は個人のベネフィットのみを追求しているわけではなく、個人が組織を自分の成長のステージとして認識する機会でもあり、企業側にも企業理念やビジョンを浸透させる"場"として戦略的に活用していただきたい。

まず、確認しておきたいのは「キャリア」という言葉の定義である。個人にとって「キャリア」とは、仕事(実務や組織内での経験)を通して自分を成長させるプロセスのことであり、大切なのは周囲からの評価や市場価値を上げることではなく、仕事での経験を自分自身の学びや成長に変える力を身につけることだ。先の見えない下積みの経験、あるいは失敗やトラブルに巻き込まれた経験が、実は後から振返った時に自分のキャリア観にプラスの影響を与えていることもある。「カメラを触らせてもらえない見習い期間が、後のカメラマンの人間性を育てる」というエピソードなどはその典型だろう。組織の中では、やりたい業務を任せてもらえず悔しい思いをすることもあるし、関係者の利害の狭間で苦しむこともある、陽の目を浴びない業務で地道に成果を上げなければならないこともあるかもしれない。そういった経験の積み重ねが、ビジネスパーソンとしての成長を促すということに気づかせることが重要だ。つまりアップ、ダウンを含めた多様な経験を通じて、自分の価値観(こだわり)や仕事哲学を磨く材料を蓄積し、自己の内的動機(欲求)への理解や洞察を強める力を獲得する。そして、経験を成長に変える力こそが、将来のキャリア展望を描く上での真の財産となることを認識させるのだ。

その意味で、組織とは個人のポテンシャルを他者との関わりの中でダイナミックに発展、開花させてくれるステージだと言えるだろう。キャリアは独りでは築けない以上、"自分らしさ"の追求と同時に大切なのが、組織環境への積極的な関わりなのだ。したがって、組織の課題や問題について愚痴や不満を言うレベルに留まってしまい正面から向き合おうとしなかったり、逆に現状を打破するには思い切って環境を変えるのが一番だと短絡的に考えてしまったりする姿勢は、自分自身の可能性を狭めることにつながる。環境を変える前に自分が変われないだろうか、と考える視点がキャリア開発には重要なのである。J.F.Kennedy の、"Ask not your country can do for you, ask what you can do for your country"という言葉の通りだ。さまざまな局面で引用されている言葉だが、country(国)を企業や組織に置き換えれば、まさにキャリア研修のメッセージそのものになる。
 一方、個人に対し積極的に組織への働き掛けを促すからには、企業側にも、自律した個々の社員が自分なりの仕事の価値観(こだわり)とすり合わせることができる企業理念やビジョンを明確に示すことが求められよう。

そのために、キャリア研修の中で、企業のビジョンや事業戦略、さらに求める人材像について、経営に近い立場の方からご自身の言葉で直接伝えていただくことは、大変重要で意義のあることだ。メールや演説によって一方的に伝えられる経営方針や全社メッセージは、得てして形式的になりがちで、社員自身も自分のこととして真剣に受け取っていないことが往々にしてある。しかし、研修という非日常の場で、自分のキャリア展望を描く上での情報としてインフォーマルな形で提供されると、受講者はそれを前向きに捉え、対話が生まれやすくなる。さらに、競合と比較した自社のビジネス上の強みや、競争優位性を保つための組織作りのあり方、あるいは人材育成のあり方など、自社の将来に関わるテーマについて参加者と経営陣との間で真剣に議論する場を研修の中に設けることも、非常に有効である。研修を、「自社のDNAはここにある。自分達一人ひとりが競争力の一端を担っている」という認識を共有する場にすると、受講者の士気が高まるからだ。加えて、自社の職種で求められる人材像がコンピテンシーと言う形で明文化、可視化されていると、個人が何をどう努力することにより組織に貢献できるのかイメージしやすくなり、一層企業ビジョンを自分のキャリアに結び付けやすくなる。

また、キャリア研修を企画する方に、自社の経営陣や先輩社員をゲストスピーカーに招き、自分のキャリアの軌跡を語っていただくことを依頼することがある。表面的な経歴や実績ではなく、自社での業務や役割を通して自分が学んだこと、特に失敗体験や予想せぬトラブルなどがビジネスパーソンとしての自分の人間的成長にどのように寄与したかをつぶさに語ってもらう。リアルな経験談を通じて、仕事哲学の確立や、自分の強みを発揮しつつ組織に貢献する方法を見出したプロセスを受講者に共有させるのである。こうした取り組みにより、同じ会社でキャリアを築こうとしている若手社員にとって、最適なロールモデルが見出されることもある。雑誌などで取り上げられるビジネスの成功者の姿よりよほど親近感を感ずることができ、自分の関わり方次第で自社組織をもっと活かせる、という可能性への気付きにつながる。

本来は、OJTの中で会社の方向性について上司、部下が本音で議論し合ったり、社員が自分の将来について上司に相談したりする中で、企業のビジョンと個人のキャリアがすり合わされるのが理想であろう。しかし残念ながら、ビジネスの現場は忙しくなるばかりで、ひと昔前は当たり前だった、そのような対話を生む時間的、精神的な余裕は著しく減少した。もちろん、キャリア研修が本来必要な上司・部下間の対話の代替になるわけではなく、「考えなきゃいけないと思いながら、つい忙しくて流されている」重要なテーマに意識を向け、本来なされるべき対話を促すための"きっかけ"を提供するに過ぎない。ただし、現場のOJTとうまく噛み合っていけば、単に個人の成長促進のためでなく、その企業"らしい"人材を育てるための組織的な仕掛けとして機能するのではないか、と考える。キャリア開発研修の導入を検討している企業には、単なるリテンションやモチベーション向上施策としてではなく、経営層や現場も巻き込みながら、自社の競争優位性を高めるための成長戦略の一部として位置付け、活用いただきたい。

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