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「ジャイロ経営」の薦め (2)

[2008.04.15] 秋元 征紘 (ワイ・エイ・パートナーズ株式会社 代表取締役)

第2回 「ジャイロ経営」と5つのコンセプト
ジャイロの原理と「ジャイロ経営」:

フリー百科辞典「ウィキペディア」によると「ジャイロとも略される、ジャイロスコープ
(gyroscope) とは、物体の角速度を検出する計測器のこと。船や航空機やロケットの自律航法に使用された。最近ではカーナビゲーションシステムや自動運転システム、ロボット、デジタルカメラ、無人偵察機などでも用いられている。」とあります。もう少し簡単なものとしては、ジャイロの原理を用いたいわゆる「地球ゴマ」を用いた方式のジャイロがあります。回転する物体はその回転状態を維持する(慣性の法則、角運動量保存の法則)ので、こまの回転面を傾けるような外力が加わると、元の状態を維持しようとするため慣性力が発生します。このように、様々な次元の回転、変化においても、常に軸は慣性により復元しようとするのです。

「ジャイロ経営」は、この物理学的な原理が発想の原点になっています。すなわち経営者の視点として、軸をブレさせない事、つまり様々な変化に対応し、時には短期的に異なる視点も考慮に入れたとしても、いずれ基本軸に復元させることが大切であるということです。過去の経験を通じて私が得た「企業の活力は、組織の論理的な理性と熱意に支えられる感情という、二つのベクトルを、正しい方向性を持ってバランスよく管理・発展させる事によってもたらされる」という経営についての確信は、まさにジャイロの原理に相通じるものです。

私が、このような確信を持つに至ったのは、私のKFC、ペプシ、ナイキ、ゲラン/LVMHといった企業に於ける様々な経営体験と、地球的な規模での成功を収めた企業/ブランドの創業者や、いわゆる中興の祖と呼ばれた企業家から、直接学んだコンセプトによるものでした。後の章でそれぞれのブランド/企業での体験談は、順を追ってご紹介していきますが、それ等は、以下の5つに要約できます。

先達の実践から学んだ「ジャイロ経営」5つのコンセプト:

1. 人は感情的な動物・理屈のみでは動かない・・・カーネル・サンダース/KFC

この「ジャイロ経営」の発想のヒントは、ケンタッキーフライドチキン(KFC)の創業者、カーネル・サンダース(カーネル)の「新しいことを始めるときは、先ず原点に戻ってから始めなさい」(Back to basics and start a new.)という言葉でした。1950年代に誕生し、60-70年代には「米国において、最も多くの百万長者を生んだ」といわれ、隆盛を極めたKFCも 80年代に入り、世界的に肥大したフランチャイズのシステムの中で、その創業の原点を忘れ、方向性を見失いかけていたのです。この時期に、全世界の数十万人のファミリー(社員、フランチャイジー、関連サプライヤー)に向けての、ブランド再興のために復帰した創業者が発したメッセージがこの言葉でした。この原点帰りのメッセージは、QSCVOOFAMPと呼ばれたブランド再生プログラムに「魂」を入れた形になり、全世界のファミリーの志気を鼓舞し、ブランドはそのドラマティックな再興を果たしました。

1990年に2回目の来日を果たしたカーネルは、90歳の高齢にも係わらず、日本KFCの社員/フランチャイジー向けのコンベンションに参加、多くの若い店舗社員との握手を精力的にこなし、そして私に「この一つ一つの握手が、我々にドルをもたらすのだ」と囁いたのです。KFCをしばしば「ピープルズ・ビジネス」(People's business)と表現することを好んだカーネルは、「人は感情的な動物で、理屈のみでは動かない」というビジネスの原点を教えてくれました。「もし君達が彼等の面倒を良く見れば、彼等が君達の面倒を見てくれる事になる」とも。

2. ビッグ・アイデア・新結合による創造的破壊・・・ロジャー・エンリコ/ペプシコーラ

1985年コカ・コーラ社はアメリカそのものと言われた原液の調合を変更しました。そして3ヶ月後、消費者の批難の嵐の中で、従来のものを再び市場に戻さなければならなくなったのです。ビジネス史上に残るこの誤算(ニューコークの大失態)は、ペプシが執拗に繰り拡げた挑戦がもたらしたと言われています。

「新しい世代の選択」( Choice of new generation)の戦略は、マーケティング史上多くの議論を呼んだ、比較広告としての「ペプシの挑戦」(Pepsi Challenge)の延長線上にありました。このキャンペーンは、当時の人気絶頂期にあったマイケル・ジャクソンをTVコマーシャルに起用し、ビクトリーツアーと銘打った全米コンサートツアーを展開するという、当時のペプシコーラのロジャー・エンリコ社長の「ビッグ・アイデア」に支えられて大ブレークしたのです。コカ・コーラが「ニューコークの大失態」を演じている間に、より強烈なメッセージとして全世界の消費者、社員、ボトラー、ルート営業員、サプライヤーにペプシのイメージを強く印象付け、関係した人々の気持ちを一つのものにし、一般消費者を巻き込むかたちで大成功を遂げました。こうしてペプシは「アメリカ市場に於けるコーラ戦争」に勝利したのです。

このことは、その後の「日本市場におけるコーラ戦争」を私自らが演出する中で、後の章で詳述するシュンペーターの理論に登場する、経済的諸要素の新結合(イノベーション)がどのように創られ、又「創造的破壊過程」がもたらす効果がいかに大きいかを実感することになりました。

又、このような「ビッグ・アイデア」は、単なる思いつきではなく、精緻な「戦略的経営計画」に裏打ちされており、ペプシの世界の主要市場の責任者達は、半分以上の時間とエネルギーをこの戦略的計画書の作成と、そのプレゼンテーションの準備に費やしていたのです。この「戦略的経営計画」の形式が、その前後の私の経営者キャリアを通じて、殆どの企業の間で共通であったことを痛感することになりました。この「戦略的経営」の実務に関しても、別に章を用意しました。

3. 消費者・社員との感情的な絆の構築・・・フィル・ナイト/ナイキ

1957年、米国オレゴン州ユージーンのオレゴン大学の陸上競技コーチ、ビル・バウワーマンと中距離ランナーだった創業者フィル.ナイトとの出会いが全ての始まりでした。

1962年、スタンフォード大学のMBAに在籍したフィル.ナイトは「今後、低価格、高技術の日本製シューズが、米国アスレティック・シューズ市場を席捲しているドイツ製シューズにとってかわるであろう」という趣旨の論文を携え来日し、当時のオニツカ・タイガー(現在のアシックス)の鬼塚社長(故人)と面会することになりました。このことがきっかけとなり、その後の幾つかの曲折を経て、1972年にナイキが誕生することになります。

1989年に開始され、その後のナイキの代名詞の一つともなった「JUST DO IT」キャンペーンの大成功は、ナイキというブランドと消費者との間に、スポーツ選手/実践者の感動を共有させる「感情的な絆」(Emotional tie)を確立しようという考え方を、その戦略の中核として位置付けたのです。

1993年からのナイキ・ジャパンを、グローバル・ナイキの企業文化/組織に組み入れるための、事業および組織の改革への取り組みは、私の最初の社長体験ということもあり、「絆」の構築の持つ大切さと、その困難さを実感させるものとなりました。

4. 小さな巨人と規模の経済・規模の不経済・・・ベルナール・アルノー/LVMH 

1995年、パリに本社を置くフランス企業で、別名ブランド帝国とも称されるLVMHグループの買収の結果その傘下に入った、パリに本社をおく香水・化粧品の老舗(1828年創業)ゲラン社の日本法人(GKK)の代表取締役社長に就任しました。

1996年の秋にパリで行われた、グループ傘下200社の社長向けLVMHコンベンションの中で、INSEADのポール・エバンズ教授が、E.F.シューマッハの「スモール イズ ビューティフル」(Small is beautiful.)の考え方を、ビジネスコンセプトとして改めて紹介しました。それは、10年前にトム・ピーターズの「エクセレント・カンパニー」(In Search of Excellence.)に登場した企業の業績が当初の予想を下回っている事実を指摘し、企業規模の大きさの意味の再考を促すものでした。それまで長い間、米国あるいは米国ベースの企業の影響下での実務に身を置いていた私は、そのヨーロッパ的感性に、一種の驚きと同時に共感を覚えたのです。まさに、私にとって最適な組織のサイズ・規模について改めて考える最良の機会となりました。

日本やアメリカ企業の例では、多角化企業は事業集中企業よりも業績は良くないといった分析が多い中で、LVMHは、各ブランドや子会社の組織を出来るだけスリム化し、経営者を「企業家」として扱い、事業展開の戦略・マーケティング・ディストリビューション・必要経営資源の配分・収益管理の責任・権限を出来るだけ委譲し、機動性を持たせて成功してきています。

一方、人材の採用・開発、不動産物件・立地の交渉、IT関連業務、サプライ・チェ-ン、広告媒体の購入の交渉、広報/PR活動、その他管理業務で規模の経済が期待できる業務は、しばしば専門家集団としてのシェア-・サービス・センターといった別組織によって遂行されています。

その上で、ある事業体の競争優位性が、他事業の競争優位性を構築するために活用され、シナジー効果をもたらしているのです。

5. 戦略プロセスの内生化と社員のパッショネート・コミットメント

このような先達の実践に触れ、実務体験を通じて学んだ「企業の活力は、組織の論理的な理性と熱意に支えられる感情という、二つのベクトルを、正しい方向性を持ってバランスよく管理・発展させる事によってもたらされる」という確信から、私が実践したゲランに於ける経営の基本は、次の2点に絞られました。

1. Strategic clarityつまり「理解しやすく、具体的で明快な戦略」を、社員による参画的な検証を経て、策定し伝達する
2. そしてCommitted /motivated team つまり「目標/戦略を積極的に理解した"やる気"充分な社員」との絆(Emotional tie)を構築する

勿論、さきに述べたような経営環境の中で生き残る為には、勝つための経営戦略が必要です。そして経営戦略の基本は、ビジョン・価値・「志」(ミッション)の明快さ、その事業を取り巻く内/外諸要因の正確な把握と分析にあります。更に、その経営戦略の構築とそれに基づく行動計画の策定には、イノベーション力と迅速な機動力が必要となります。

ゲランの社長就任直後に、社員面接と市場訪問の合間に、現状のSWOT分析と今後の戦略を策定する為の会議を、ベテラン幹部社員との間で実施しました。この会議は、その後「オフサイト戦略会議」として定例化されことになりましたが、この会議こそが「理解しやすく、具体的で明快な戦略」を、社員による参画的な検証を経て、策定し伝達す場となり、「目標/戦略を積極的に理解した"やる気"充分な社員」との絆の構築する、大きなきっかけとなったのでした。

又、外部の専門家に頼るのではなく、戦略構築の基本を社内に求め、そのプロセスの内生化を実現した結果、その後「単純に組織の目的に従うのではなく、それを論理的にも感情的にも受容し、積極的に参画しようとする社員のパッショネートなコミットメント」が、しばしば予想を超えた目標達成を実現させてくれる事になったのです。

企業力強化の機会は、明快な経営の目標・戦略を内生化し、その実行が自らの立てた計画の実現の喜びであると同時に、業績評価の大切な基準として捉えられ、達成意欲が強化されることによる業績の向上をもたらす事にあります。

そしてさらに重要なことは、社長自らのイニシアチブによる、積極的な社内コミュニケーションを通して、社員の事業やブランドに対するパッションのレベルが、常に積極的にマネージされていることです。この過程の詳細についても、後の章で述べることにします。

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