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仕事をするための七重の塔 ~開発・技術系人材における新卒採用と評価 (5)~

[2007.07.10] 中田 研一郎

4 従来方式

 その前の年までは、私が4月1日に辞令交付するときに、学生に渡すと、皆学生は戦々恐々ですね。辞令を見て「あっ」という感じで「え、こんな所に配属ですか、思ってもいなかった」という人も多いのです。何百人という人を全部人事が配属先を決めていたわけです。人事がマッチング面接に基づき2月ごろに決める。確かに形式的には人事が採用して、内定通知を出しているけれど、「だれが一体どこで判断したのか。それがあまりにも曖昧ではないか」ということで、議論をすると、結局のところ、「それは現場が実質的判断している」ということでしたので、この制度に変えたわけです。

5 仕事をするための七重の塔

 私は自分のIdentityを確立しろという話を学生にしています。「仕事をする上で自分の中に7つの層があるかどうか考えてください」ということです。今の時代「知識はありません。私は体育会系で体力だけ自信があります」というタイプは難しくなっています。知識がなくてビジネスをする人は武器を持たないで戦いをするようなものです。知識のない人は知恵が出ません。勉強しないで知識なしで、知恵だけ出すというのは困難です。

 ですからきちんと勉強して本を読む。こういう習慣のない人が、調べ物をするとGoogle(グーグル)で検索してわかったつもりになるかもしれないが、考える力はどうでしょうか。分厚い本を平気で2~3日で読み上げるぐらいの知的体力がなければ今の時代はもたないのです。

 その知識に基づいて、知恵に転嫁する力を持っている人。かつ勇気が必要です。たとえば新たな開発に挑戦しようとするときに、成功する見込みがはじめから決まっている開発はありえない。多くの場合は「9割以上の確立で失敗ではないか」というのが新規開発です。そのときに一歩前に足を踏み出すのは勇気しかありません。そしてその勇気を支えるのは情熱であり夢です。

 特に開発系の人材は、夢を持っている事が大事です。「何をしたいか」という大きな夢なしに新しいことにチャレンジするということは難しいです。夢が情熱を生み、情熱が背中を押して勇気を奮い起こさせる。

 最後に目的観。ライブドアは「世界一企業価値の高い会社にする」という目的観を持ちましたが、「金がすべて」という目的観はやはり間違いでした。したがって目的観も正しくないといけない。

 ところが第2階層の知識から最後の目的観までは潜在価値です。その人のAsset(アセット)ではあるけれど、顕在価値、Value(バリュー)にはなっていません。それがバリューになるには行動に移したときだけです。したがってこの潜在価値を顕在価値にするには、どういう行動をしたかというところを見るしかありません。その人がどんな知識、知恵、勇気、情熱、夢、目的観を持っているか、行動を通して探っていくことがコンピテンシーに基づく人事面接です。

 行動事実を見てその人の内面を推し量っていく。コンピテンシー面接は、この7階層の確認作業をしているわけです。この潜在価値の知識と知恵は物事を可能にするEnabler(イネイブラー)。勇気、情熱、夢はまさに物事を引っぱっていくDriver(ドライバー)。そして目的観がValue Setter(バリューセッター)。この7つの階層を揃えない限り困難な仕事はできないのです。

 この搭は、構造的にダルマ落としになっていて、7階層そろっていない人、例えば、勇気なき人は、最後に苦しくなると逃げます。情熱なき上司には部下がついていきません。知識、知恵のない人は、行動に整合性がありません。よって7重の塔を築かないで、三重の塔ぐらいで仕事をするというのは、最初から失敗の確率が高いと言っても、過言ではないと思います。

 ですから私は面接試験でも「あなたが学生時代に達成したことを述べてください」と聞くのです。「その中にこの知識、知恵、勇気、情熱、夢、目的観それがどれだけ入っているのか」。行動に関して「そのときあなたはなぜそうしたのですか」「あなたの役目はなんでしたか」ということを聞いていきますと、実際に行動していないと説明ができなくなります。具体的に私が非常に感心した例を1つご紹介します。

 ある学生が面接試験で「私は学生時代にこれを達成しました」と膝のプロテクターのようなものを持ってきたのです。それにはバネのようなものが付いていて、どういう仕組みかよくわからないのですが「私はこれを開発しました」ということでした。

 「それはなんですか」、「お年寄りがこう座って立ち上がるときに力が足りないので、サポートする介護ロボットの膝バージョンです。それを開発して特許出願明細書も持ってきました。」「君はこれをどのようにしてやりましたか」と聞いたところ、「そういうことをやろうと思って試作品を作って病院へ持っていきました。患者さんに装着してもらってデータをとって特許出願資料を書きました」と。

 私は感心しました。普通、日本の大学病院の受付に行って、このような膝パットを出して「先生と話がしたい」とお願いして「わかりました」と了解してくれる病院などないです。「先生は忙しいのです、帰ってください」と追い返されます。それを実際に先生に会って、しかも患者に装着させるというところまでするためには七重の塔のすべてを駆使したはずです。全部が揃わなければ絶対にデータなど取れないです。

 おそらく医者に対して、かなり膝の構造など、その辺を勉強して「きちんとわかっていますよ」ということを見せたであろうし、受付の女性を説得する情熱があったであろうし、「そんなことを言ってもどうせダメだろう」と思わない勇気を持っていたし、「これをやることによって膝の悪い方がとても楽になるのです」という夢をきっと語ったに違いありません。世のため人のためになるという目的観も語ったに違いない。

 そういう人は会社に入ると、同じようなプロセスで、おそらく1年以内に、次の夢を見つけるでしょう。その夢を達成するための行動をとり始めます。そういう人が開発をすれば、間違いなく素晴らしい商品、サービスを考えることができます。

 研修ではそんなことは教えられないです。私は研修の責任者もしていましたが、研修で教えることのできることと、できないことがあります。問題はここの潜在価値をどれだけ自分の中に持っているか、本人がどれだけIdentityを確立しているか,それが研究開発人材として一番大事ではないかと思います。

 それでそれを見つけるような採用のフレームワーク(制度)を作り、その制度に基づいたオペレーションを用意して、かつそれを可能にするような権限の再配分をする。それが私のソニーで行った採用改革です。

 但し、以上のような採用の方針や制度は、私がソニーに在職中に、担当をしていた当時のものであり、現在のソニーの方針や、やり方に何ら言及するものではないことを申し添えます。

<完>

出典元:「研究開発リーダー」Vol.4, No.2 2007

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