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御社の教育は「投資型」か、「コスト型」か?

[2007.05.25] 佐々木 郷美

企業の人材育成には、大きく分けると、コスト型のものと投資型のものがある。御社の教育体系を見直されたときに、どれだけ投資型の教育に予算が割かれているだろうか?


 まず、コスト型の人材育成とは、業界の変化のスピードに付いていくために必要な知識、スキルを効率的かつ短期的に習得させるためのOJTを中心に進められる教育、育成のことで、それは、企業の中では、自社に採用した人材を戦力化するために当然必要な経費、コストとみなされる。そこでは、学習ゴールを明確に設定して、ある一定期間内のパフォーマンス向上を目指してトレーニングを施す。この手の教育が企業にとって常に必須なのは言うまでもなく、業績の好調、不振に関わらずどの企業も、金額や規模の大小はあるものの合う程度は取り組んでいる分野である。しかし、興味深いことに、この手のコスト型の育成に取り組んでいるか否かが、企業の業績に直接影響を与えているか、というか、そうでもない。言わば、行って当然の施策なので、そこで差がつくことはあまりないのである。

 一方、投資型の育成は、個人の精神的な成長をも含めた、気付きや意識改革を目的とした教育、育成のことを示している。そして、このような投資型の育成は、一見効果やメリットが測定しにくいためないがしろにされやすいが、慶應義塾大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリーが過去3年間に渡って調べた、企業の業績と積極的な投資的人材育成との相関関係についての調査によると(06年実施)、そこには明らかにプラスの相関が見られている。また、積極的な投資的人材育成を行っている企業では、「ビジネスの競争力や業務効率の向上」や、「社員個々人の能力アップ」という項目とも正の相関が見られている。このような投資型の育成は、業績が不振になると真っ先に削られ、余力がある時に、息抜き的(もしくはガス抜き的)に、一過性のイベントとして位置付けられることが多く、戦略的かつ継続的に取り組んでいる企業は非常に少ない。そのような領域の育成は、自己啓発の領域だ、自助努力でやって欲しい、と考える企業がどちらかと言うと多いのが現実だろう。確かに、扱う内容は、自己啓発と大きく変わらないかもしれない。しかし、ホワイトカラーの自己啓発への投資額は、先進国の中で日本は、圧倒的に低い。まして、企業が自らそのような社員の自己成長を促すための教育に投資しようという意識も諸外国に比べると、非常に低い。日本において企業内のキャリア研修やキャリア支援施策が重要視されていないのは、同じ理由によることが多い。つまり、日本では、政府が将来の日本の労働力不足を補う施策としてキャリア支援策を推進はしているが、あくまでも個人の就労を促すための施策に留まっており、企業が自社の成長戦略として捉えて積極的に取り組んでいるところは少ないと言えよう。ところが、その手の教育に時間と予算を割き、中長期的に取り組んでいるか否かかが、企業の成長力ひいては競争力をも大きく左右しているのは既に述べた通りである。

 なぜ、このような一見アウトプットや教育効果の曖昧な投資型の育成が一部の先進的企業に重要視されているかというと、現在のようにビジネス環境の変化が激しく、将来的に企業のビジネスモデルも一転してしまう可能性がある中で、個人の自立(自律)性を高めておくことは、とりもなおさず、企業の存続性や持続可能性を高めることにつながるからである。つまり、現在のビジネスのスピードからすると、今日必要とされている知識・スキルが、明日は無用なものとなってしまう可能性もありうる。また、市場、顧客が求める商品・サービスの質がどんどん高まっている今、そのニーズに迅速に応えていくためには、上司や先輩と言った社歴の長い人間の知恵に頼っているだけでは十分とは言えない。企業が時代に合わせて変革とイノベーションを遂げていくためには、社歴の高い社員も低い社員も、ベテラン社員も若手も等しく、自ら学習し、時に既存の枠組みを打ち壊しながら、自己成長していくサイクルを回していることが必要なのである。つまり、社員個人が「生きるとは何か?」「働くとは何か?」という根本的な問いに自ら答え、自律的に環境に適応したり、キャリアを再構築したりできる力を備えさせておくことが、企業が競争を生き残り、成長し続ける鍵であるとも言える。


 投資型の教育はどのような形式を取ることが多いか?人間性を教育するのには、著名な人物を呼んでありがたい講話を聴く、ということ以上のことが必要である。通常、参加者本人が、自分らしさや価値観を深く向き合い、「こうなりたい」という理想の姿を思い描き、そこに近づくための道筋を自ら描いていく、そのような体型立った流れを持って行われる。気付きをもとに自己変革、自己刷新をするサイクルを参加者本人が体験し、自分の中に取り込んでいくことが必要なのである。このような自分の内面を見つめる力や、自分の強みや弱みを把握して、どこをどのように改善すべきなのか、考える習慣づけは、一昼一夜に身に付くものではない。消化し、吸収するのにある程度の時間を要する。


 そして、自分を見つめることと同時に必要なのは、世の中どのように移り変わって行くのか、業界や自社の動向を自分なりに知ろう、捉えようとする視点である。漠然と会社から与えられた業務をこなして毎日を過ごすのではなく、自分の属する企業、組織の存在意義、顧客に提供している価値を、第三者の目から考え、自らに課題提起しながら仕事に望んでいるか、が大切である。このような客観的な自己認識と健全な危機感が、主体的な自己成長を促すのである。そして、このような投資型の教育で学習のゴールとして据えられるのは、明日からすぐ使えるスキルやテクニックというより、習得がやや困難であるが、仕事での安定的に成果を出すために必要とされる思考特性、行動特性(一般的にコンピテンシーと呼ばれるもの)である。例えば、営業職であれば、逆境に強く、打たれ強いという思考パターンが強みになるし、技術職であれば、細かいところに目が行き、徹底的にリスク回避する行動パターンが強みになる。このように、職種、職務によって求められる思考パターンや、行動パターンは若干異なるが、多くのコンピテンシーは、一度身に付くと、急に組織の中での役割や任務が変更になってもある程度、応用が効くことが多い。しかし、一つのコンピテンシーを少し高めるだけでも、かなり意識的で継続的な努力が求められる。通常は、3ヶ月から6ヶ月の時間を要し、言われている。特に、若いうちは、そのようにコンピテンシーの幅を広げておくことが、将来のキャリアリスクを軽減し、その人が自分らしさを活かしながら、継続的に成果を出していく基盤となるのである。

 各社の事情は異なるとは思うが、長期的に人材育成戦略を考えるべきであり、全社の育成体型の中で、気付きを基にした意識改革、行動変容を促す投資型の教育に重点的に考えるべきだと考える。

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