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人間力と資産

[2007.04.01] 中田 研一郎

人の一生は人格の形成と資産の形成をしていくプロセスであるとも言える。簡単な代数式でこの人間力と資産の関係について考えてみたい。

まずxy=1を使って考えてみよう。この式において、xを人間力、yを物的な資産や無形の名誉など自分の身を飾るものとする。この数式は反比例の関係を表すので、yが大きくなればなるほど、xはそれに反比例して小さくなる。シャネルしか着ないという女優がいるがその人の心のxはどうなのだろうか。ベンツの Sクラスや高級スポーツカーに乗っている人は車の性能だけ考えて乗っているわけではないだろう。その人の見栄を張る気持ちはどうなのだろう。かく言う私もベンツに乗っていたのでその気持ちは良く分かる。ライブドアの堀江氏は100億円の資産家であるが、この世の中に金で買えないものはないと言い切ったその心のxはどうなのだろうか。堀江氏は地裁の判決後のインタビューで「反省をしていますか」という問いに対し、「人を信じすぎた点を反省している」と答えているのを見て驚いた。質問の趣旨は明らかに「粉飾決算により、ライブドア株を購入した数多くの株主が損をして迷惑をかけたことを反省しているか?」という趣旨であったが、堀江氏の関心は自分のことだったのである。起訴=有罪ではないし、(且つ二審でその理論的可能性は残っている)無罪を信じている以上、人に迷惑をかけたという意識もないのであろうが、経営者の結果責任という言葉の重さを一人の人間としてどう考えているのであろうか。

高級品で身を飾り、社会的に高い地位や財産を得ても、心がそれに比例して豊かになる保証はない。かつて経団連の会長まで務めた財界のトップが、相続税対策として多額の無記名債権を購入し、結果として相続人が脱税で起訴されたことも思い出される。財に対する執着が強ければ強いほど、心の豊かさが失われるということは、どうも人生の真実のようである。

逆の例もある。世界一の資産家であるマイクロソフトのビル・ゲイツ氏は使いきれない膨大な資産から、3兆5000億円を寄付してビル&メリンダ・ゲイツ財団を設立し、発展途上国の子供の貧困と病気をなくす仕事を始めた。投資会社バークシャ・ハサウェイで成功した世界第二位の資産家ウォーレン・バフェット氏もビル・ゲイツ氏に賛同し、資産の85%(4兆3000億円)をビル&メリンダ・ゲイツ財団に寄付をし、彼自身は1958年に31500ドルで購入したオマハの家に住み、バークシャ・ハサウェイ社からの10万ドルの給与で生活をしている。私の身近な例では、ソニーの大賀会長は受け取った退職金16億円を全額音楽ホールの建設資金として寄付をして、今や軽井沢の大賀ホールとして完成し、市民が世界中の音楽家の公演を楽しむ場となっている。結局地位や財産を得ても、xy=1の反比例の関係になってしまうのか、yが大きくなってもxをそれ以上に大きくすることによってy=axの正比例の関係に転換することができるのか、それはその人の心の鍛え方によって決まると言えるのだろう。

もうひとつの数式y=ax+bで会社員と資産形成について考えてみたい。この数式における変数と定数は以下のとおりである。 yは人生の財産で、金銭的な財産だけではなく心の豊かさという精神的な財産も含むものとする。 aは人事でいうところのコンピテンシーで、その人の持つ能力とし、 xを自己の確立とすると axはフローの資産であり、 bはストックの資産である。

会社で仕事の実績を上げるためには自分のコンピテンシーを認識し、責任持って仕事を遂行するための自己を確立することが不可決である。その両方を掛け合わせて、しっかりと仕事の成果を出していけば昇進、昇格、昇給してフローの財産を形成することができるだろう。

しかし、退職後の平均20年以上の長寿の人生を精神的且つ物質的に豊かに生きていくためには(ax)というフローの資産に加えて、ストックの資産(b)を形成することが大変重要になってくる。私のような団塊の世代は、先輩から「若いうちから金をためるようなことを考えていてはダメだ。40歳くらいまでは金のことなど忘れて仕事に打ちこめ」といわれたものだ。仕事の基礎を作るという意味においては確かにそのとおりであるが、年功序列から成果主義に変貌している今日の賃金体系においては、従来のように40歳前後で管理職になるころから年功に応じて急速に賃金が上昇するということは最早起こらないし、退職金も年数よりも仕事の成果にリンクしたものになってきている。したがって、30数年勤務したからといって数千万円の退職金が保証されているわけではなくなってきている。その間フローの資産からの余剰金を銀行の0.2%の普通預金に預けるだけでは、80年の人生を豊かに過ごすためのストック資産を形成することは現実にはきわめて困難である。すなわち、フローの資産をストックの資産形成につなげるためには「投資」という積極的な行動が必要だということである。

しかしながら、会社の仕事に夢中になっているビジネスマンも、こと自分の資産形成や投資ということになるとまったく無頓着であったり、投資に関しての知識がほとんどないに等しい、あるいはどうせ安月給だから投資など考えても意味がないと決めつけている人が多いのではないだろうか。短期のマネーゲームや株式投資でストックの資産を形成することは難しいし、なによりも会社の忙しい仕事をしながらそんなことをしている暇はない。やはり若い人はなによりも豊かに持っている"時間というファクター"を利用して着実な長期投資を考えるべきであろう。何がベストの長期投資であるかは専門家から学ぶことが重要である。知識なく投資すれば火傷をするが、投資は怖いといってひたすら銀行の普通預金に預けるのでは、年寄りの箪笥預金を笑えない。ビジネスマンなのだから、自分の一生の資産形成をするうえで、フローの損益計算書とストックのバランスシートの両方の観点から考えることが必要だ。

「月10万円で暮らせる田舎へのIターン」や「生活コストの安い海外への移住」などフローのコスト削減のため、老後にライフスタイルを変えるのはひとつの方法ではある。すなわち、xy=1においてy(財産)が少なくてもx(人間力)を大きくして心豊かに生きていくのも賢明な選択肢かもしれない。しかし、「恒産なければ恒心なし」ということも人生の真実であることを考えると、デイトレーダーのような超短期の一儲けを夢見るのではなく、賢明な投資に関する知識を身につけて、会社におけるフローの資産(ax)に加えて若い頃からの長期の投資行動によるストック資産(b)をバランスよく増やしていく努力をするべきであろう。

xy=1とy=ax+bは人生のいろんな局面で両立させることの難しい連立方程式で、その解もひとつではありえないが、自分の生き様をあらわす指標になるので無関心ではいられない。特に、歴史上最速のスピードで少子高齢化が進行しつある日本にあっては、今後ますます重要な課題になっていくであろう。

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