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Professional Personの構図

[2007.01.01] 中田 研一郎

経済産業省では、各企業が求める人材像や職場で求める能力についての情報を集め同省のホームページで公開している。

すなわち、企業が求める人材像については、業種や働き方、企業によって、それぞれ重視する能力が異なるので、企業が求める能力を社会人基礎力という「共通言語」によって示し、その違いを明らかにすることによって、就職・採用時のミスマッチ等の防止に役立てようとしているのである。

同ホームページでは、社会人基礎力を構成する能力として、下記の3つを挙げている。
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(1)「前に踏み出す力(アクション)」
  ~一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力~

実社会の仕事において、答えは一つに決まっておらず、試行錯誤しながら、失敗を恐れず、自ら、一歩前に踏み出す行動が求められる。失敗しても、他者と協力しながら、粘り強く取り組むことが求められる。
(2)「考え抜く力(シンキング)」
  ~疑問を持ち、考え抜く力~

物事を改善していくためには、常に問題意識を持ち課題を発見することが求められる。その上で、その課題を解決するための方法やプロセスについて十分に納得いくまで考え抜くことが必要である。
(3)「チームで働く力(チームワーク)」
  ~多様な人とともに、目標に向けて協力する力~

職場や地域社会等では、仕事の専門化や細分化が進展しており、個人として、また組織としての付加価値を創り出すためには、多様な人との協働が求められる。自分の意見を的確に伝え、意見や立場の異なるメンバーも尊重した上で、目標に向けともに協力することが必要である。

確かにこれらの3つの能力は社会で活躍している人には共通して見られる能力であり、日ごろ漠然と「仕事の能力」という言葉を聞いている人もなるほどと思うであろう。

特に終身雇用体系が成果主義をベースにした雇用体系に置き換えられることにより、個人が企業で求められる能力も急速に変わりつつあり、改めて仕事人(Professional Person)としての個人の能力を明らかにすることが求められている。

筆者は、上記のようないわゆる社会人基礎力を立体的な「Professional Personの構図」としてとらえ、相互関係を更に明らかにしてみたい。
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1.知について

今の知識情報社会においては、仕事で要求される知識やスキルは10年前、20年前に比べて格段に高度且つ複雑なものである。大学で学んだ内容は原理、原則として有用であっても、社会に出てから最先端の技術や知識を新たに身につける努力をしなければ、遅れをとってしまう。 PCとインターネットにより、情報を獲得し発信する当事者は組織単位から個人に急速に変わりつつある。したがって、「知は力なり」という真理は益々その輝きを増している。しかしながら、インターネットで即席の知識が手に入るため、知識習得プロセスが簡略化され、逆に知的体力が著しく退化しつつあることを忘れてはならない。

若者が読書をしなくなっているのである。内容のしっかりした300ページくらいの分厚い本を読むには知的体力が必要である。日ごろ雑誌や新聞を斜めに読み、あるいは必要な知識をネットの検索ツールで辞書を引くようにその部分だけ取り出しているような習慣が身についてしまうと、知的体力は確実に劣化する。そこには、自分にとって難解な本を読んでいくプロセスで行われる「文脈から意味を読み取る努力」や「論理の理解や検証」、あるいは「自分の経験に照らしあわせた疑似体験」、「筆者が言わんとすることを理解した感動や喜び」などの作業はすべて捨象されてしまう。

こういう読書のプロセスを経ていなければ、知識が知恵に転化する可能性も少なくなる。知識は力ではあるが、最終的に知恵に転化しなければ、仕事の中で価値創造につなげることは困難である。価値とは新たに生み出すものであるから、単なる知識の集積自体は価値創造にならない。

コミュニケーションツールを携帯とe-mailだけに集約することのリスクを個人が認識することが必要である。他人とコミュニケーションするためには、まず自分とコミュニケーションしなければならない。その方法は古典的ではあるが読書が一番近道なのである。読書の効用と必要性を教育の場で教えるべきである。筆者も大学で教壇に立って読書の必要性を学生に説いているが、授業の感想レポートを読むと、何故読書をしなければいけないのかという基本的なことを今まで教えられていないことを知って愕然とした。日本の教育が学問の基礎を教えきれていないことは紛れもない事実である。欧米の大学では毎週分厚い本を事前に読んでおかなければ、授業についていけないというメソッドが確立している。日本の大学では教授の話を聞いてノートをとればそれで終わりで、読書を強いられることがない。この点を変えなければ日本の学生は小学校から大学まで、ついに本格的な読書を一度もすることなく教育を終えることになってしまう。

最近企業の研修ではtrainingよりもlearningが重要であると言われている。それは個人が学び続けなければプロとして通用しないので、企業から提供されるtrainingに受身で参加するよりも、個人が自主的に自分の成長のためlearningの機会を求め、企業はその環境を整えることに力を入れ始めたということであろう。learningの環境とコンテンツを整え、個人が自発的にlearningする方向を人材開発の視座にしっかりとすえた企業は強い。

企業で働くprofessionalは単に衣食住の充足を求めているのではなく、仕事そのものに自己の成長と充足を求めている。それに応えることのできる企業が優秀な人材をひきつけ採用力をもつのである。

個人も組織も「知は力なり」という言葉の今の時代における意味を再確認し、知識と知恵を体得しつづけるprofessional personの集合体としての強力なprofessional organizationになることを目指すべきであろう。
2.問題解決力について

会社で日々起こる様々な問題や仕事上の課題を解決するうえで、professional personとして「問題解決力」をもつことは極めて重要であることは改めて言うまでもない。しかし、現実にはこの問題解決力を十二分に発揮して、様々な難題を快刀乱麻のごとく解決できる人はそう多くはいない。それが出来る人はその企業にとって欠くべからざる人材で、トップマネジメントも人事部もそういう人を重用することは間違いない。

ではどうすればそのような人材になれるのであろうか。いくつかの要件があるが、まず一番に求められるのは「物事の本質をつかむ能力」である。難題が起こった時、多くの人は右往左往して何とかその場を凌ぐことに躍起となってしまう。いわゆる現象対応のパッチワークである。しかし問題の本質を理解しないまま、矢継ぎ早にその場凌ぎの対応策をとると却って問題を悪化させることが多い。企業のコンプライアンス違反が明らかになった時などは、そのようなケースが典型的に起こる。事実関係を十分に調査しないまま責任を転嫁し、あるいは、結論に飛びついて自己保身を図った結果、数日後に再度記者会見をするようなケースを良く見かけるが、そのような事態を招来したのは、担当者が物事の本質を見る目を持たないでその場凌ぎをした結果であるといえる。

本質をつかむには物事の現象だけに目を奪われるのではなく、その現象を抽象化して考えることが必要である。抽象化とは何か。仏は宇宙の真理を抽象化して「曼荼羅図」を顕した。それは抽象化の最たるものであろう。アインシュタインが宇宙を相対性理論で説明したのも天才の抽象化能力の結果であろう。われわれ凡人は仏でもアインシュタインでもないので宇宙や心の設計図を書くことは出来ないが、抽象化とは目にみえないが存在するものを概念あるいは形として認識し、表現することである。ビジネスの世界でも数多くのそのような抽象化能力が求められる。簡単に言えば、そもそも学問は、色んな専門分野について各々の世界を学説や理論に基づいて抽象化するプロセスを教えているといっても過言ではない。したがって、抽象化の能力は、やはり学問の知識をベースとしてその上に様々な知識と経験と思考能力の組み合わせによって形成されているということができる。

そのようにして形成された抽象化概念に基づき、解決すべき課題設定を明確にすることで問題解決のお膳立てが出来たといえる。その上で、問題が自分ひとりで解決できる性質のものであれば解決策を一人で考えて実行すればよい。 しかし、多くの場合他人の助けや協力がなければ問題は解決できない。したがって、設定された課題と解決策を一定のlogicに基づいて整理をして、他人が共感あるいは理解できるようにする必要がある。特に問題が国際的である場合、日本人にだけ分かる「阿吽の呼吸」や「気配り」に依存したのでは、たちまち発想や文化の違いの壁に打ち当たって、外国人の理解を得ることは困難である。Logicは物事を理屈っぽくいうことではない。国籍、年齢、性別を超えてお互いに言っていることを理解しなければビジネスは成り立たないのだから唯一の普遍性のある共通基盤はlogicなのである。logicを明確にすることにより相手の感情に対する諸々の配慮も生きてくるのであって、logicを抜きに徒に相手のsympathyを得ようとしても事は成り立たない。

物事の本質を見極め、その本質を万国共通のlogicにまとめて、自分の意見として相手方に伝えることが opinion形成力である。会社の採用面接で一番大事な能力は何ですかという質問を人事担当者にすると、まず一番に指摘されるのが、 communication能力である。
communication能力とは、アナウンサーのように流暢に話す能力ではない。まず自分がある問題に関して自分の意見を持っていなければ、そもそも相手に伝えるべき内容が何もないわけだからcommunicationは始まらない。

したがって、communication能力とは、自分の意見を形成する力を前提としている。その意見形成力は、実は上に述べたように「本質を把握する抽象化能力」と「普遍性を持たせるためのlogic」によって組み立てられるものであるから、問題解決力とは、意見形成力と抽象化能力とlogicが三位一体となって形成されているということになる。その三位一体となって表現されるもの全体がその人の仕事をする上での「情」を形作っているのである。夏目漱石は「情に棹差せば流される」といったが、私がここで言う「情」はconceptとlogicに裏打ちされた意見という意味なので、少し意味を違えて使っていることに注意していただきたい。
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3.責任感について

仕事のプロといわれる人は、いかなる困難があろうと必ず最後には結果を出す責任感を持っている。その責任感を支えるのが「意思」である。"Where there's a will, there's a way"(精神一倒何事か成らざらん)という言葉は若き日に習った英語の授業でよく知っているであろう。しかし、その意味するところはやる気さえあればなんでも出来るというほど軽くはない。仕事とはそもそも様々な困難から成り立っている。企業の経済活動をする上で、人、もの、金、情報などの経営資源には必ず制約があり、これらを無条件に使えることはありえない。それらの制約条件に加えて時間の制約、競争相手との力関係など、いざ仕事を始めれば無数の制約が次々に起こってくる。それらはすべて仕事をする上での問題である。先に述べたプロフェッショナルな仕事をするために必要な「スキルや知識」を習得し、コンセプト把握力、論理力、意見形成力からなる「問題解決力」を十分に身につけたとしても、最後にこの責任感がなければ仕事の結果を出すことはできない。

責任感は、単に自分の責任として認識しているかどうかという感情レベルの問題ではなく、まさに本人の全人格をかけた意思の力があるかどうかが仕事では問われる。私はそれを「Identityの確立」と称している。日本語で分かりやすく言えば「自己確立」である。「Identityの確立」を自己同一性、自立性、自律性の三つの観点から説明してみたい。

まず自己確立のためには自己同一性が求められる。仕事には本人の思想や哲学が知らないうちに反映されるが、そこに首尾一貫した立場が貫かれていなければ、人の信用を得ることは出来ない。様々な利害関係の中で勝ち馬に乗ることばかり考えて右顧左眄するのでは、自分の一貫した主義主張は人には伝わらない。日本の社会は「和をもって尊しとなす」という社会軌範が非常に強いので、知らず知らずのうちに右を見て左を見て当たり障りのない意見を言ってしまうことが多い。確かに人との協調性は大事であるが、人の意見を徒に気にして付和雷同し八方美人になったのでは、前例のない新しい仕事を達成することは出来ない。人と意見を異にするには勇気がいる。しかし、いかなる状況であれ、自分の意見の中に本人の人格が投影され首尾一貫性があれば、意見が異なることだけを理由にその人が排斥されることはない。一見対立して気まずい雰囲気になることもあるかもしれないが、そこは表現方法に工夫を凝らして決定的な対立にならないようにしながらも自分の意見は厳然として保持すべきである。それが結局その人の自己同一性を明らかにして、長い目で見ればその人の信用となっていくのである。

次に自立性が求められる。仕事が困難に直面してうまくいかなくなったとき、その原因を人のせいにし、あるいは環境の諸条件のせいにすることはたやすい。しかし、それらの原因分析を踏まえた上で最終的に自分の責任として受け止めていく人が自立した人である。自分が人や組織に依存しているかどうかは、会社であれば定年退職のときに嫌でも明らかになってしまう。会社の組織で様々な役職につき権限を持ち、それらを駆使して仕事をしていくと自分が自立しているという気持ちになる。決して自分は組織に依存しているのではなく、組織を引っ張っているという気持ちになるであろう。しかし、定年退職し名刺の肩書きがなくなり、部下も上司も同僚もいなくなったとき、自分に何が出来て何をしたいかが問われるのである。その時、自分に答えのある人が自立している証拠となる。地位も名誉も肩書きもすべて取り去ったときの裸の人間として、やるべきことを持ち実行できるかどうか、それが自分にとって自立していることの踏み絵である。したがって、自立することは、若い人がプロの仕事人になるために必要な条件というよりは、生きていく限り絶対に必要なことであるといえる。

団塊の世代が2007年から一斉に且つ大量に定年退職するので、最近定年後の生きがいに関する議論が活発に行われている。しかし、いくら議論をしても定年になってから突然自立するのは容易ではない。それは議論をして頭で理解する問題ではなく、定年までの長い年月にその人がどのようなスタンスで仕事をしてきたかによって殆ど決まってしまうからである。会社の組織の中で常に自ら課題を設定し、新たなことに挑戦して結果を出してきた人にとっては、定年後も同様に新たな課題を自ら見つけ更なる挑戦をしていくことができる。むしろ組織的な制約条件が軽くなって会社にいた時よりも自由に活躍することが出来るともいえる。そのような仕事の仕方をしないで、人から与えられた仕事を受身でこなしてきただけであれば、突然たった一人で課題設定をするように言われても、戸惑うしかないであろう。これが人生の現実である。そうであればこそ、今会社で仕事をしているときに自立して生きていくことを身につけなければならない。

次に自己確立に必要なのは「自律」である。自立は英語で"independent"、自律は"discipline" と"autonomy"を兼ね備えた意味である。最近、会社における求める人材像として"セルフマネジメント"という言葉が良く使われるが、まさに今の時代は自律した人材が求められている。それは経済を取り巻く環境が1990年代以降にインターネットの普及により大きく変わり、従来では考えられないほどビジネスの変化が早くなったことに深く関係している。

会社のトップとスタッフが作成した経営戦略が短期間に通用しなくなるほど変化が激しいので、その変化についていくためにはバジェットや戦略を機動的に修正して市場の早い動きに対応していかなければならない。トップの指示を待つよりも組織の構成員が自律性を持って臨機応変に適確な手を打っていくことが生き残りの条件になってきたのである。したがって、組織そのものも、かつての年功序列のヒエラルキーに基づく命令系統にかわり、トップと末端が直結したフラットな組織のほうが変化に対応しやすくなっている。そのような組織においては、社員の一人ひとりが自律性をもたなければ組織が機能しないので、会社が自律性のある社員を求めるのは必然ともいえる。

以上のような「自己同一性」、「自立性」、「自律性」を自分の中に調和をもって確立している人を「Identityの確立」した人というのである。

最初に述べたスキルと知識はknow―howを形成し、第二、第三に述べた問題解決力と責任感の二つは know―whatを形成する。自分のキャリア形成のために資格を沢山取ることを目標にしている人を良く見かけるが、それはknow―howさえあれば、プロになれると勘違いしているのではないだろうか。プロになるためにはknow―howが不可欠である。しかし、それは必要条件ではあっても十分条件ではない。何をいつどのように行うのかすべて自分で決め、決めるだけではなくてそれを結果が出るまでやりぬくことが必要で、それはknow―whatと言われる。このknow―how とknow―whatを兼ね備えて常に再現性を持って成果を出す能力を人事ではコンピテンシーというのである。Professional personとは、このようなコンピテンシーを常に発揮している人のことに他ならない。

所詮、プロの仕事人になるかどうかは自分の生き方にかかわってくることなのだから、時には日々の忙しい仕事の手を休め、自分がスキルに始まってIdentityの確立に終わる下記の図に表された要素を過不足なく備えているかどうか自己点検してみてはどうだろう。定年になってから考えるのでは遅すぎるし、充実した人生を送るにはこれらの人格形成が不可欠だからである。
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*こちらの記事は週刊ビジネスコラムにて連載されていたものを再編集したものです。

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