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一人親方度で決める自分と組織との距離

[2006.10.01] 関島 康雄 (3Dラーニング・アソシエイツ 代表)

どの程度自由に振舞ってよいのか

組織に所属している場合、組織のルールや慣行に対してどの程度自由に振舞ってよいのかを決めることは、かなり難しいことなので、新入社員に限らず経験豊かなベテラン社員でも、時に頭を悩ます。組織の命ずるまま、どんな仕事でもするというのでは、専門性や自分らしさを発揮する自由が乏しく、仕事を楽しむことが出来ない。かといって、自分らしさを主張し過ぎて孤立してしまい、共通の目標を追及する熱気を仲間と分かち合えないのではつまらない。組織と自分の間に、ちょうど良い距離を置くにはどうしたらよいのだろうか。私の答えは、各人の「一人親方度」を基準に決めたらよいというものだ。まず組織内にいる一人親方とは何かから説明しよう。

組織内一人親方とは

一人親方とは、英語で言うセルフ・エンプロイド、文字どおり訳せば自分で自分を雇っている人という意味で、自営業の人のことである。世界という舞台で活躍する芸術家やスポーツ選手もこの仲間である。セルフ・エンプロイドという言葉はなじみが薄いので、こういう人たちを私は「一人親方」と呼ぶことにした。「一人」と親方の前に形容詞をつけるのは、専門性と自律性を強調したいからで、一人で仕事をするからではない。プロフェッショナルも近い言葉だが、「親方」には専門性も大切だが経営能力も重要だという意味合いがある。例えば個人事業主である陶芸家は、個展のプロモーションから作品の値段の設定、製品のデザインから、製造、納入まで一人で実行し収支の責任も負う。一塊の仕事を先頭から終わりまで全部一人でおこなうので、経営者的な要素を持っていないと成功できない。作業は自分でおこなうので、従業員として優秀であることが要求される。その意味で、「一人親方」とは、自分自身が経営者でもあり従業員でもあるような自律した専門家のことである。組織内にあっても、そういう気組みや立ち振る舞いで、組織に貢献する人が「組織内一人親方」である。

専門性、自律性、自分らしさで測る「一人親方度」

一人親方にとって大切なのは、まず、専門性である。専門性とは簡単に言えば、特定の職能分野の知識や技術で、それを使うと仕事に就くことができる能力のことである。例えば、今勤めている会社を辞めても、別の会社に同じ分野で雇われることが出来れば、専門性があるといえる。専門性が高まれば高まるほど自分で決定できる範囲が広がるので、自律的に行動できるし、仕事を通して自分らしさを発揮することも出来る。しかし専門性が高いだけで自律性が伴わないと、良い悪いの判断が正しくおこなえないので、専門知識を正しく使うことができず、姉歯建築士のようなことがおこってしまう。専門性は自律性を伴わないと一人前ではない。
自律性とは何かというと、自分で考え、自分で決定し、実行できる程度のことで、組織内であればどの程度組織に対し、対等でいられるかが判断基準になる。自律性の根幹は自分自身をマネージできることだ。自分の感情や行動を制御できなければならないし、時に相反するような目標、例えば会社生活と家庭生活の充実、にも上手に取り組むことが出来なければならない。しかし、自分のことだけマネージ出来ればそれで十分かと言えば、そうではない。自分を取り巻く状況を上手にマネージできないと自分の決めたことでも実行できない。周囲の人の感情を動かし自分の決定に共感してもらう能力、意見の違いを調整する能力等がないと、自律性は高まらない。自律性が高ければ、流行や人の意見に左右されず自分で判断出来るので、自分らしいこととは何かを見つけ易いし、専門の分野で新しい切り口を発見することもできる。自律性は自分らしさや専門性に大きな影響力を持つ。一人親方にとって専門性や自律性と同じ程度に必要なものは、自分らしさである。理由は、自分らしいことなら好きになりやすく、努力できるので専門性が高められる。自分らしいことであれば、自律的に行動しやすいという関係があるからだ。自分の専門を選ぶ場合、広い意味で自分の好み、自分らしさが反映する。本を読むのが好きな人や、文章を書くことが好きな人が雑誌の記者になるのであり、その反対ではない。自分が得意なこと、関心を持つことから専門は選ばれるのが普通である。ただし、自分らしさとは、単なる自分の好き嫌いや、強み弱みを意味するものではない。自分の価値観、大切だと思うことそうでないこと、どういう人生を送りたいと考えているか等の特徴を、よく理解したうえで行動できる能力のことだ。問題は、自分のことが良く分かれば自分らしく行動できるかというと、そうとは限らないことだ。人間は社会的動物なので、その社会が持つ不文律や組織内の政治力などが理解できていないと、行動はすぐ壁にぶつかってしまう。他人の感情にもセンシティブでなければ、上手に自分らしさを発揮することはできない。
一人親方度とは以上の三つの変数による関数である。専門性、自律性、自分らしさという三つの座標軸に頂点を持つ三角形の大きさと考えても良い。しかし、これはあくまでも概念上のことで、それぞれの変数が具体的な数値で表示できるわけではない。そこで組織内の一人親方度をイメージできるよう、組織内一人親方の中核となる業務、マネージするものは何か、に焦点を合わせて考えてみよう。実は、主としてマネージするものは、一人親方度の上昇とともに変化し、それによって組織との距離感は異なってくる。

マネージする対象から見た一人親方度
一人親方度1:マネージする対象は自分

一塊の仕事を先輩の指導を受けながら担当するというレベルのうちは、組織が期待するのは、自分の担当分野をきちんとカバーするということと、仕事から学んで確実に成長して欲しいということだ。担当する仕事の前工程、後工程を理解した上で、自分の分担する部分を、不良を出さずに完了することができなければ、一人前のチームメンバーとして認められるという次のレベルに進めない。自分の仕事をマネージ出来るようになることが主たる目標で、周りもそのことを期待しており、それ以上のことはない。この場合、組織のルールや慣行を学び、チームに溶け込む努力が第一で、自律性や自分らしさの発揮は、主として私生活の場でおこなうことになる。しかし、この段階では自分らしいことは何かがはっきり分かっているわけではないので、自分で判断する力にも限りがある。

一人親方度2:マネージする対象に自分だけでなく他人も関わる

仕事が一人前に出来るようになり、周りからもそう認められるようになると、課題はチームの仕事全体にどう貢献できるかに移ってくる。チームとは〇〇係といったような区分で代表される、比較的小さい単位の組織である。この場合は全体としてのチームの目標が理解できないと、チームに貢献できない。しかし身近な組織のことなので、目標の理解はさほど難しくない。一方、チームの状況、納期が迫っているとか、メンバーの一人の調子が悪いとかを理解することがチームに貢献するためには必要で、このためには自分自身のことからすこし離れて、チームを客観的に眺める能力がもとめられる。他人の仕事を応援できる専門性の高さや、自律性の一部である関係性の管理能力や、自分らしさの一部である他人の感情にセンシティブであることが必要になってくる。チームの一員という立場からチームの責任者という立場に進んだ場合はどうか、このレベルになれば、主たるマネージ対象は他人になってくる。この場合は、専門性の程度は、メンバーの指導が出来るというもので高まる。そのため、自律性では、共鳴させる力や紛争を調整するといった能力が必要になってくる。自分らしさも、他人の感情に共感できるといった社会性に関する部分が自己認識と同じ程度の大きさになってくる。このレベルになれば、自分や組織の状況を客観的に見るために必要な距離を置くことができなければならない。

一人親方度3:マネージするものは専門分野あるいはビジネス

チームの責任者からさらに進むと、一定の専門分野やビジネスを任されるようになる。部門のトップという地位だが、このときマネージしなければならないものは、自分、他人のマネージに加えて、特定専門分野、あるいはビジネスが対象になってくる。ビジネスの成功に貢献することが求められるポジションである。この時必要な専門性は、専門性によって他の部門が応援できたり、事業に貢献できたりするレベルで、幅も広がってくる。お客さんは誰で、どういう価値を提供するのか、どうやって競争相手に勝とうとしているのかなどが理解できていなければならない。自律性は、他部門を動かすことができる影響力、競争力を高めるため率先垂範して組織の人材を育成する能力などが要求される。自分らしさでは、組織認識すなわち組織内の政治力やネットワークといったものの理解力が必要になってくる。組織との関係は、組織に所属することにより自分の専門性、自律性、自分らしさが失われるようであれば、組織を離れる覚悟が出来ているという意味で、次第に対等に近づく。
一人親方度4:マネージするものは変化や企業文化

このあたりになると一人親方という言葉が当てはまりにくくなる。3レベルの一人親方をたくさん使って仕事をする棟梁とでも表現できようか。専門性は、技術やビジネス、社会の進むべき方向などが洞察できるレベルであり、その方向に向け、変化を創造したり企業文化を変革したり出来なければならない。マネージする対象はレベル3のものプラス、変化や企業文化となる。自律性の大部分はリーダーシップという言葉で置き換えられる。組織のビジョンやミッションを自分の言葉で語れなければならない。自分らしさは、自分の価値観を社会という場で実現することにより発揮されると考える。組織と対等というよりは組織を創る立場にある。

二兎を追うのが正しい

自分と組織の距離というテーマが話題になるのは、組織に所属するといろいろな束縛があり、自由な活動、自律性や自分らしさの発揮は制限されるという思い込みのせいだ。しかし実際は、一人親方度が高まれば自由度は自然に高まるという関係が存在し、組織が人を束縛する力だけが一方的に強いということはない。従って、あまり組織と自分の距離に神経質にならずに、自分の一人親方度の向上に努力するほうがよい。先に述べたように専門性、自律性、自分らしさは相互に関連性が高い。専門性を高めるためには、自律性に行動するために必要な、自分をコントロールする力と自分を取り巻く状況への対処能力を鍛え、自分らしさを発揮するためには、目を自分の内側に向け自分はどういう人間であるかをよく観察し、自分自身を知るだけでなく、他人の感情に敏感である能力もまた磨くべきである。
現代の企業競争に勝つには、グローバルな価値観とローカルな価値観や会社の生活と私生活のように、時に相反するものを同時に追求しなければならないと言われて久しい。そうであれば、個人も、組織に所属するメリットと自律的にかつ自分らしく振舞うメリットの両方を追求してよい。二兎を追うのが正しいのだ。

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